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甘い
どうやら、好かれている部類に入るらしい。
左近がそう実感したのは、会うたびに近寄ってきては、
信玄公直伝の策謀について聞いてくるから。
そうでなければ、年も離れ、降る旗の下も違う自分に、興味を持つはずがないのだ。
もっとも、婆裟羅者・伊達者の先頭を行く彼にとって、
自分の価値観が当てはまるとも、考えにくいことではあったのだが…。
「左近!ようやっと見つけたぞ!」
「…政宗公…何かご用ですかい?」
"政宗で良い"と闊達に返してくるのは、奥州の独眼竜、伊達政宗だ。
小柄な成りながら、川中島では宿敵・上杉との決戦に乱入し、
戦況をかき乱すなど、侮れない存在だ。
「何、聞きたいことは山ほどある。
左近を捕まえるのは至難の業故、探し回っておったのじゃ。」
開戦し、戦が始まれば、お前は瞬く間に居なくなってしまう。
と、少し拗ねたような物言いをする。
そのように感じるのは、左近の気のせいではないはずだ。
どこか甘えたような、いじけている様な。
左近に兄弟は居ないが、弟や妹が居たら、こんな感じなのかも知れない。
そう思いながら、左近は苦笑をこぼした。
「それは…申し訳ない。左近にもいろいろと予定がありましてね。」
「…次の戦の、か?」
「えぇ。」
今、左近は堤防沿いに溝を作っている。
まぁ小さな堀とでも言うべきか。
川を挟んで向こうは敵陣。
こちらへ攻め込む事ができないよう、また、少しでも敵の進軍を阻むため、
堀を作って、騎馬を減らす作戦だ。
掘りの中に立っているため、左近の肩あたりに、
丁度政宗の立つ堤防の高さがくる。
「…なかなか深い…。」
「できれば、ここで騎馬の数を減らしたいんでね。」
首を竦めて答えると、政宗が興味津々、身を乗り出す。
「危ないですよ。」
具足をつけたまま、身を乗り出す政宗の不安定な体勢が気になり、
左近が両腕を伸ばす。
それに気付き、政宗は嬉しそうな顔をした。
そして、嬉々としてその両腕に収まる。
(…政宗公は、こういった子供扱いはお嫌いだと思ったが…)
はて、と首を傾げる左近を他所に、
左近に抱き下ろされて、政宗は堀の中に降り立つ。
「…わしでは、上がれぬ…」
左近の肩まで堀進められた深い堀では、政宗はよじ登ることが出来ない。
その点については、若干腹立たしくもあるのだろうが、
如何せん、キツイ眼差しを向けられても左近には敵意を感じない。
「政宗公、ご兄弟は?」
「"政宗"で良い」
何度も言わすな、と流石に機嫌が下降気味のため、左近も改めるが、
どこか、左近に甘えているような態度をとる政宗に
ちょっとした興味が湧いたのだ。
「…弟が一人おったが…他の将と同じように、
わしは嫡男で、家臣と育ったのでな。家族や兄弟といった情には疎い。」
堀を見渡しながら、雑兵が掘り進める様を政宗は観察している。
「恋しいですか?」
「…別に、恋しいと思ったことなどない。」
左近の言葉に、やや尻すぼみになりながら、政宗は答える。
「じゃが、左近の事は好きじゃぞ!
体よくあしらわれる事もあるが…流石信玄公より軍略を学んだ言はある。
三成配下にしておくには、惜しい逸材じゃ。」
「…また…これは…えらく高く評価していただいてるんですねぇ。」
当然じゃ、と答える政宗が、左近を振り返る。
その瞳に中にはっきりと『好意』が見て取れて、左近としても悪い気はしない。
「政宗サン。本当に、それだけですか?」
「ん?」
「信玄公直伝の軍略がないと、左近には寄って来ないですか?」
余裕の感じられる笑みを浮かべて問う左近に、政宗は小首を傾げた。
この時はまだ、左近が暗に含んでいる意味に気付くことが出来ない。
「……それは…違うな。
切欠は信玄公の軍略にわしも触れてみたい、と思ったのが最初じゃが…
今は軍略よりも、左近に興味がある。」
「へぇ…」
それはそれは、と続け、左近は満足そうに笑む。
そして間近にある政宗の頭をくしゃっと撫でた。
「願わくば、それが恋心であって欲しいと思うのは、
左近の欲張りですかねぇ…」
「…左近?」
ふっと漏れた言葉は政宗には届かなかったようだ。
けれど、自身も思わぬところから出た本音に、左近自身が苦笑するのだった。
(ま、周囲には威張り散らして威勢良く振舞っているものの、
こうして二人きりの時の柔らかい雰囲気を好きだと思ってしまってるんだから…
これは、左近の負けでしょうなぁ。)
外見はとげとげしく見えるものの、
ひとたび口に入れると甘く崩れる金平糖のようだ。
そこまで考えて、左近は思い立った。
「政宗サン!そろそろ戻りましょうか。お茶を入れましょう。」
金平糖がありますよ、と続けて言われ、政宗はぎっと左近を睨みつける。
「言っておくが左近!わしを子供扱いするなよっ!」
「あー…すみません。」
笑いながら答え、堀から出るため、左近は構わず政宗を抱き上げた。
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