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「このような事、本来であれば、政宗様にお願いすることは、
筋違いと分かっているのですが…もう貴方様を除き、頼りにできぬのです。」
大奥
徳川も三代目に入り、人々は『戦』を忘れつつある。
各地に残る戦乱の爪あとは、今は復興に向けて動きだしていた。
政宗も家督は既に子に譲り、今では気楽な隠居生活…と決め込みたかったのだが
世が、将軍が、それを赦してはくれなかった。
政宗は手元の書状を一読し、はぁと溜息をついた。
差出人は春日局。今は徳川の血を絶やさぬために、常時女人を囲っておく大奥の筆頭侍女だ。
家光の乳母として城に上がり、家光が将軍になると供に絶大な権力をその手中にした女。
彼女には天運も味方していたと、政宗は思う。
しかし。
もう一度書状を読み返し、政宗は再び溜息をつく。
前回、家光の下へ参上したのは下宿癖が直らない家光を嗜めて欲しい、と
彼等の家臣から頼まれての事だ。
まだ記憶に新しいが、家光は政宗が側に居るなら下宿を控える、と言ったのだ。
そのため政宗は江戸の屋敷へ半年以上逗留する事になった。
ようやく米沢城に戻ってきたと思いきや、三月も経たぬうちにこの書状。
溜息もつきたくなるというものだ。
(…わしは一体何時から将軍付き従者の駆け込み寺となったのか…)
再度、物憂げに溜息をつき、小窓から外を見やる。
窓のその外には、時に自ら手入れをする庭。
その庭の木で、すずめが羽根を休めている。
前回の逗留で、家光は確かに下宿を控えるようになった。
闇雲に出歩くことも、少なくなった。
その代わり、政宗にべったりで寝所も供にしなければならなかった。
挙句その寝所では、五十をとうに超えた政宗を組み敷いたのだ。
あの時の驚きと言ったらない。
老いによる力の差は歴然、その上相手は将軍と来ている。
抗えるはずが無かった。
半年、ほぼ毎晩といって良いほど、家光の伽をしていたように思う。
政宗はそこで頭を抱えた。
もう孫までいるのに、息子ほど年の離れた相手に、何故。
そう思えば情けなくも思えるが、家光のひたむきな想いは嫌いではなかった。
むしろ好意的に思えてしまうのだから手に負えない。
その昔、そうして己にただ純粋な行為をぶつけてきた人間が居た、と
思い出したくない過去を思い出してしまう。
苦く切なく、あれほどに人を愛した事は無かった、と今でも思える事だが、
今はそれどころではない。
仕方なく、政宗は家臣に旅支度を命じ、江戸へと向かった。
「政宗殿!!!お久しい!
文を書いても無しのつぶて、余の事忘れてしまったのかとおもったぞ!」
すぐに家光との面会を赦され、対面を果たす。
喜色満面の家光に、悪い気はしない。が。
「殿…お久しぶりにございます。」
深々と頭を下げれば、家光が寄り添ってきた。
突然肩を抱かれ、政宗も目を瞠る。
「そなたが居ない間、一人寝はとても寂しかった。
次は何時まで居てくれるのだ?もういっそのこと、米沢でなくこちらに居を構えよ。」
「…殿…お気持ちはありがたいのですが…」
「政宗殿は、余が嫌いか?」
しょげるように呟く家光に、訳もなく罪悪感を書き立てられながら、
政宗はやんわりと家光の手を解こうと、手をかける。
が、簡単に離れない。逆に反対の手で、手を握り締められるほどだ。
「殿、嫌いではありませぬ。本日参ったのは、春日殿より書状をいただき、
殿には一刻も早う子を成していただきたいと。お願いに参った次第で…」
「政宗殿!余に…御台所が出来ても良いと申すか!」
ぐっと強く肩を捕まえれ、家光の腕に囲われる。
父と息子ほどに年の離れた家光から受ける抱擁に、
政宗は半年前を思い出す。
始めはぎこちなかった愛撫の技巧が増していき、
遂には政宗の方が根をあげることになった、あの日々を。
瞬間的に震え、政宗は家光の肩を押し返すが、力と若さの差は歴然だった。
「殿…」
「政宗殿…余はそなたが居てくれればそれで良いのだ。」
「…それは、なりません。殿には次代の将軍を遺すというお役目もあるのですぞ。」
「そんなものは尾張や水戸にくれてやる。余が欲しいものはそなただけ。」
唇に触れてこようとする家光を何とか遮り、政宗はさらに困惑した。
(…無理じゃ…このように盲目な状態となっておる殿を、
大奥へ通うように仕向け、ましてや子を成させるなど…)
困り果てていると、丁度そこへ春日がやってきた。
今にも政宗を押し倒さんという勢いの家光を見て、一瞬虚をつかれたようだが、
そこは表情に出さなかったようだ。
「…殿、政宗様がお困りでござります。」
「春日!」
「殿、こうされてはいかがでしょうか。政宗殿には暫し大奥へお留まりいただくのです。」
「…なっ?!春日殿っ?!」
この提案に家光、政宗は驚いた。
「しかし春日、大奥は余、以外の男子は禁制のはずだが。」
「政宗殿には特別室を用意させます。
他の正室・側室候補の目には触れさせません。」
「…春日殿、話が見えぬ。それにそれでは体の良い監禁ではないか…」
おろおろと困惑する政宗を他所に、春日は家光と話を進める。
「政宗様には多少窮屈でしょうが、女装をしていただき、大奥へ。
殿は政宗殿にお会いしたければ大奥へ起こしいただければ良いのです。」
「春日!それは真か!!政宗殿を大奥へお招きとは、良い案じゃ!」
「待っていただきたい!お二人でなにやら話が進んでおるようですが、この政宗、そのような…」
「そうと決まれば話は早い。政宗殿には早速大奥へおあがりいただきます。
殿は本日の執務をきちんとこなしてくださいませ。
執務がおわるころには、政宗殿のお支度も整うでしょう。」
「そうだな!たまには春日も良い提案をする。それでは、余は政務に励むとしよう!」
「まっ…殿……っ!春日殿…!」
政宗の抗議の声などまるで聞こえない、とばかりに、
二人はそれぞれの持ち場に戻っていった。
その後暫くして、政宗を迎えにきた女中に乱暴をする事も出来ず、
頭の中では何とか逃げ出す手立てを考えながら、政宗は大奥へ上がることとなってしまった。
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