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仮初の
商人達が出入りする、という入り口からこっそりと連行され、政宗は今隠し部屋の中に居た。
身に着けていた質の良い、気に入っていた着物は取り上げられ、
代わりに内掛けを羽織らされている。
袖を通さないのは最後の抵抗のつもり、だ。
「…春日殿、これはあまりに侮辱ではないか。
わしはおぬしの頼みを聞くため、米沢から江戸まで参ったのじゃぞ。」
きつく、春日局を睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風、一向に気にしていないようだ。
独眼龍の睨みにも怯まないとは、さすがだ。
この女の戦はまだ終わっていないのだろうか。
「政宗様。ご無礼は重々承知の上。
けれど、殿には子を成していただかねばならぬのです。
そのためには、まず大奥へお渡りいただかねばなりません。」
「…わしは餌か。」
春日の微笑みは、今は懐かしい濃姫よりも悪女に見える。
「殿には、子を成していただきます。次代の将軍を。
このわたしがお育てした殿が天下を治め、殿のお子がその後を継ぐ。
それがわたしの悲願なのです。」
「…お主の気持ち、分からぬでは無いがな。」
座した政宗に、春日の手が伸びた。
本来、姫として、武将の妻として下肢着かれて生活するはずだった女のその手は、
今までの苦労を思わせる、節くれだった手。
未だ虎視眈々と天下を狙う政宗には、春日の気持ちが良く分かった。
そして、家光を手懐けておくことは、政宗にとっても都合が良い。
「聡明な春日殿であれば、わしの思惑など、とうに見抜いておろう?
良いのか、わしをこんなところへ閉じ込めて。
やがて、殿は、おぬしでは御しきれなくなるやも知れぬぞ。」
「大した自信ですこと。」
春日は、政宗の眼帯に触れ、そのまま顎まで指を滑らせる。
「鬘を用意しましょう。結上げた髷も落としていただきます。」
「…そこまでの無礼を、わしが赦すとでも?」
「将軍様のご命令であれば、従わねばならぬでしょう?
政宗様は誰よりも民を思う大名であらせられた。奥州の民が大切であれば、従っていただかねば。」
これは脅しだ。
政宗が従わぬときは、奥州の民に危害が及ぶ。
ぐっと唇をかみ締め、座した膝の上、拳を握り締めた。
「……大奥では、殿と春日殿以外の接触はせぬぞ。」
「ありがとう存じます。ですが、身の回りの世話役くらいは置かせてください。」
「要らぬ。食事も自分で用意できる。」
これ以上、政宗が譲らないと感じたのだろう。
春日局もそれ以上は何も言わなかった。
「…別室を用意させます。
御厨と、湯殿のある、離れが良いでしょう。新しい打掛もすぐにお持ちします。」
春日が部屋から立ち去ろうとするその背に、政宗は声を掛けた。
「まこと、強いおなごじゃの、春日殿は。
戦国の世、おのこであったならさぞや勇ましい武将であったじゃろう。
わし等がもう十年、早ぅ生まれておったなら、天下を取れたじゃろう。
惜しいことをした。わしもおぬしも、生まれる時を誤った。」
その言葉を聞き、春日局は歩みを止めて、振り返った。
「…わたくしは、誤ったとは思っておりませぬ。
今、この時が、わたくしが生まれ生きる時。」
「強いおなごよ。」
「まもなく殿がお渡りになります。初めての事でございます。
政宗様、やはり貴方様にお頼みして良かった。まずは殿に大奥の存在を知っていただけます。」
何か言いた気な政宗を遮り、春日局は続けた。
「興味を持っていただくのは、その後で良いのです。
今は政宗様目的で通っていただければ、それで良いと思っております。」
「春日殿。文を出しても良いか?
流石に、何時までも帰らねば、小十郎が心配する。」
どうせ、わしが解放される目処は立たぬのじゃろう?と続け、
不敵に笑む政宗と、それに答えるように笑む春日局。
家光が早く子を成して欲しいと望む春日局と、
家光を手懐け、天下を狙う政宗。
目的は違えど今は利益が一致していた。
もっとも、政宗にとってはかなり不本意ではあったが――。
まもなく夜の帳が降りてくる。
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