10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
WGPも終わった。
長いようで短かった期間。
いろんな事があったな、などと烈はのんびりと思う。
ミニ四駆発祥の地として、第1回WGP開催国として、
優勝という形で終われた事は、一種体面を保ったと言うべきか。
口には出さないが、鉄心もかなり満足そうだ。
思い返せば様々な思い出が蘇る。
春には中学に上がる烈にとっては、今回のWGPが最初で最後の参加。
もちろん、それは世界各国の選手にも言えることで。
貴重な体験が出来たのだと、烈は無理に納得させようとした。
けれど。
「レツ…」
やわらかく、烈のはるか上後方から掛けられる声。
悔しいが、この30cmもある身長差はいかんともしがたい。
そしてこの低く、優しい声音に心乱されるのだ。
「やぁブレット君。こんなところでどうしたの?」
各国選手は続々と帰国の途に着いているはずだ。
もちろん、今この場にいるNAアストロレンジャーズのリーダー、
ブレット・アスティアだって例外ではない。
「明日、帰国する予定でしょ?準備はいいの?」
「もちろん。準備は万端だ。」
いつもの、自信たっぷりな口調。
この自信が揺らぐことは無いのだろうか。ふと、烈はそんなことを思ってしまう。
大会中、ずっと彼は強くあり続けたことを思い出して、苦笑した。
ブレットが弱いところなど、想像もできない。
「で、どうしたの。こんな誰も来ないような公園で?」
荷造りすんで暇になった?と続ければ、少しだけ表情を曇らせるブレット。
「レツ、俺が言った事、覚えているか?」
「……忘れてないよ。」
大会中、ブレットには何度もアプローチを掛けられた。
当初、烈は異文化コミュニケーションの一種というか、
男の自分にまさかモーションをかけるとは思っておらず、
適当にあしらっていたのだが。
どうやらブレットは本気でレツを口説こうとしていることが分かった。
ブレットだけではない。ドイツのミハエルにシュミット、イタリアのカルロにまで
ちょっかいを掛けられるとなると、烈は自らの女顔を恨みもしたのだが。
結局最後まで諦めずに粘っているのはブレットを含めた数人。
「もう大会も終わった。そろそろ返事を聞かせて欲しいんだがな。」
「…ブレット君…」
「Call me、Bret.」
「…あのね、君も大概諦め悪いよね。」
溜息と共に、烈は呟いた。
30cm上にある彼のゴーグル越しの視線は烈を落ち着かなくさせる。
ゆっくりと振り返って、烈はそのゴーグル越しの瞳に視線を合わせた。
「僕、男だし。アメリカと日本の遠距離恋愛なんて、出来ないよ。」
「レツ、やってみなくちゃ分からないだろ?」
「…君がどれだけ忙しい男か、分かってるつもりだよ。」
ブレットは将来を期待される宇宙飛行士の卵。
その夢を実現するために頑張っているし、烈もとても素晴しいことだと思う。
そして、その夢を実現するためには、生半可な努力では足りないことも。
色恋沙汰に関わっていられないはずだ。
そもそもアメリカと日本は遠く離れ、さらにブレットが忙しいとなれば、
連絡自体つかなくなることだって十分に考えられた。
今は良くてもいずれ、自然消滅なりなんなりする確率が高い。
そもそも容姿端麗、頭脳明晰なブレットの事を、周りの女性が放っておくわけない。
「レツ…」
ブレットの声音が急に弱々しくなり、逆に烈は驚く。
レースの最中、ずっと冷静で判断を誤らなかった彼が、
眉をハの字に寄せて今にも泣き出してしまいそうな表情を作るから。
そこまで、酷いことを言っただろうか、と烈は瞬時に考えを巡らせた。
「OK.オレが、アストロノーツを諦めたら、お前はオレのものになってくれるのか?」
「そんな安っぽいこと、君がする訳ないだろ。
それに、そんな事を僕が望むと思ってる?」
そっとゴーグルに手を伸ばし、試合中一度も外されることの無かったそれを、
ゆっくりと取り上げた。
ブレットは大人しく烈のされるがままになっている。
今にも泣き出してしまいそうな、空色の瞳。
「ブレット…。寂しくなったら、君が会いに来てよ。
まだ12歳なんだし、将来の事なんて僕には考えられない。」
宇宙を目指す天才の、一時の気の迷いでした、ってものにつき合わされるほど、
烈もお人よしではないのだ。
ブレットにはブレットの、烈には烈の進むべき道がある。
「レツ…」
「ブレット、君に夢があるように、僕も夢を見つけたいんだ。
それが、君と同じベクトルに向いていたら最高だけど。」
今はまだ分からないから、とブレットの日に透ける髪を撫でながら、烈は呟いた。
「You don't know.
I'm crazy for you than you think.」
「え?何?」
流石に、ネイティブの英語はまだ烈にも理解できない。
問い返す烈にブレットはふっと切な気に微笑んで、
自らの髪に触れる烈の手をそっと握り締めた。
「ブレット…っ」
握り締めた手をそのまま引いて、空いた手で強引に烈の顎を引き寄せる。
30cmというかなりの身長差を、ブレットは膝を緩めて縮めた。
唇に触れる暖かな感触に、烈は目を見開いた。
ほんの数秒、抵抗することも忘れて烈は呆然とブレットを見つめ返す。
「レツが会いに来い、というなら、また来る。
でもその時は、こんなものでは済まさない。」
ブレットの言葉にようやく意識が戻り、
烈は音がしそうなほど赤面した。
「なっ…なん…っ…」
ファーストキスだったのに、とか
なんで相手が男なんだ、とか
言いたいことはたくさんあったが、泣きそうなブレットの顔が、
いつもの自信に満ちた表情に戻っていて。
しかもゴーグル無しの、ブレットのその表情に烈は思わず見惚れてしまった。
「Prepare.
Did you understand?」
いたずらっ子のように微笑み、烈の耳元でささやくブレットに、
訳も分からず頷いてしまった烈。
気を良くしたのか、ブレットはそのまま立ち去って行った。
「See you soon.」
右手を軽く上げて、背中越しに掛けられた声に、烈は呆然と立ち尽くした。
結局、ブレットは休暇の度に家族の元ではなく、
烈に会うため日本にやって来て、星場家に数日滞在する、という行為を
年に2、3度繰り返している。
もちろん、そのたびに豪に邪険にあしらわれ、烈とのデートの邪魔をされるのだが。
それも含めてブレットは楽しんでいるようだった。