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そう、分かってはいたのだ。
こんなことは自分らしくない。
見上げる城はまるで己を拒絶しているように映る。
それはきっと、兼続自身が今の己を否定しているから。
柄にもない
「…私と供に、来ないか、政宗。」
神妙な面持ちでやってきたかと思えば、突然意味の分からない言葉を告げた兼続に、
政宗はまさに狐につままれたような顔をしていたのだろう。
ちっと軽い舌打ちが聞こえ、政宗も頭にくる。
「急に何を言い出すかと思えば、なんじゃその舌打ちは。無礼な奴じゃな。」
政宗が怒り出すのも仕方がない。
だが兼続だとて、もどかしいのだ。
このような気持ちをどう取り扱って良いか、自身でも分からなくなっていた。
妻がある身で、このような感情を抱くなど可笑しいと自分で分かっているのだ。
目の前のこの小さな龍を、手に入れたいだなどと。
「ほれ、茶くらいは出してやるから、飲んだら帰れ。わしは忙しいのじゃ。」
くるりと文机に向かい、政務に取り組む後姿に、兼続は歯噛みする。
墨をする音がして、紙を筆が滑る音が続く。
さらさらと書き物を続ける政宗に視線を注ぎながら、兼続は小さく息をついた。
「今日はお前の誕生日だから…だから、忙しいのか?」
「誕生日?」
「今日だろう?」
「あぁ…そうかも知れぬな。」
他人事のような政宗に、兼続はその背を見続けることしか出来ない。
「祝宴などはあるじゃろうが…わしがおらずとも、何も問題はない。」
「…本人が居なくても大丈夫、とは…」
「そんな下らぬ行事は影にでもやらせておく。」
ことり、と筆をおく音がしたかと思うと、政宗が振り返った。
「兼続、おまえ何時まで居るつもりじゃ?
国主の仕事は忙しい。お前の世間話に付き合うほど、わしは暇ではないのだ。」
「…ならば、わたしと供に生きても良いではないか。」
「じゃからお前は、さっきから何を世迷いごとばかり…」
「分かっている!こんなのは世迷いごとだと。
だが、お前の生まれた日に、どうしても伝えたくて…な。」
つづられる言葉に、政宗はじっと兼続を見つめる。
こちらを窺うような視線に、兼続は姿勢を正して見つめ返した。
己の真実を伝えるために。
「今日、お前が生まれたこの日に、伝えたかった。
大人になっていくお前が、天下を目指すお前が酷く遠く感じて、もういてもたっても居られなかった。」
「…愛だ義だ生きているお前が、随分と下らぬことを言う。柄にもない。」
奥州を束ね、天下を目指す政宗が、兼続の言葉に首を縦に振るはずは無かった。
それも承知のはずであったのに。
兼続は俯いて手の平を握り締めた。
「気持ちだけ、受け取っておいてやろう。」
それでも。
ゆるりと笑む龍の表情は、誰も見たことがないほど、優しく、目尻には涙が浮かんでいた。
誰も、真に祝ってはくれなかったこの日。
兼続の言葉に、政宗は酷く救われた。
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