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煙管
「政宗」
三成の部屋に上がりこみ、政宗は書物を読みふけっていた。
天下人となった秀吉配下、軍師・石田三成の元には沢山の書物が集まった。
学問の本、軍略の本、外国の怪奇譚など様々だ。
政宗は、最近外国の書物が面白くてたまらず、
連日三成の屋敷を訪れては日暮れまで書物を読み漁っていた。
「政宗」
再度名を呼ばれ、ようやく政宗は顔を上げる。
その顔にはありありと「邪魔するな」の文字。
三成はひとつ嘆息して、政宗の手から書物を取り上げた。
「あ!何をする三成!今良いところなんじゃぞ!」
「取り上げられるのが厭なら、せめて呼ばれたらすぐに返事をしろ。」
三成の言い分ももっともで、政宗は黙る。
確かに、勝手に押しかけては三成不在でも気にせず上がりこんで
書物を読み漁ってしまうのだから。
「…で、なんじゃ?」
「なんだ、ではない。これを見ろ。」
差し出されたものを、反射的に手に取った。
手の中には、一目で業物と分かる見事な細工が施された煙管。
「ほぉ…見事じゃ…この細工、どこの業師のものじゃ?素晴しい…」
「分かるか?」
三成の得意気な顔も気にならず、政宗は手の中の煙管を様々な角度から見ていた。
先ほどまで書物にかじりついたままだったのに、現金なものだと思いながら
三成は悪い気はしない。
「吸い口も、雁首も実に見事な出来じゃ。
羅宇は黒檀か…わしも黒檀の煙管を持ってはいるが、なかなかここまで見事なものはお目にかかれぬ。」
一目で特注品と知れるそれに、政宗は溜息をついた。
羅宇に施された、流れるような龍と牡丹の彫刻。
黒檀の羅宇と金の雁首、吸い口、派手かも知れないが、この配色は一目で政宗を虜にした。
「三成、この業師、紹介してはくれぬか?」
一目見て、政宗も同じ業師に煙管を作ってもらいたくなった。
三成を見上げると、意地悪い笑みを浮かべて政宗を見ている。
すっと手を伸ばし、政宗の頭を撫でる。子供を扱うような仕草に、政宗は眉を顰めた。
「教えてはやらん」
「…!」
三成の言葉に政宗は反射的にぷくっと頬を膨らませた。
最近書物に没頭して、三成を蔑ろにしたせいなのだろう。
三成が意地悪で言っているのが良く分かる。
短くない付き合いだ。こういう顔をしている時は、三成はとことん意地が悪い。
もう何を言っても聞くまい。
柄にも無くしょげた政宗に、三成は微苦笑を漏らす。
「業師を教えてしまっては、これを作らせた意味がない。」
「三成?」
「政宗、これはお前のものだ。」
弾かれたように三成を見上げると、三成は面白そうに笑った。
「誕生日だろう、今日。」
「は…?」
きょとんとした政宗に、不意打ちに三成はその唇を奪った。
手にした煙管が畳みの上の、書物に落ちた。
「礼はするものだろう?」
にやりと笑む三成に、ようやく全ての合点がいった政宗は、急に気恥ずかしくなって俯いた。
「…勝手に渡しておいて、礼を言えとは…高慢な奴じゃな。鼻持ち成らん。」
「気に入ったろう?何でも分かるぞ、お前の事ならな。」
そのまま抱き寄せられ、額にも唇を落とされれば、
政宗はもう成されるがまま何も言えなくなってしまった。
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