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勇気を振り絞って、何とか告げた想いは、
あいまいに受け止められたまま、もう前にも後ろにも引くことが出来ない。
生かさず殺さず
「はぁ」
「まぁた溜息ですか~幸村さま?」
思わず、溜息が出たらしい。
隣で茶を啜るくのいちが、声を掛けてきた。
本来であれば、「そなた、こんな所でのんびりしていて良いのか?」や、
「忍びは忍ばなくては…」など、言わなければならないことは沢山あるはずだったが、
どうにもその元気が出ない。
「はぁ」
また、溜息をついてしまって、わたしはさらに自己嫌悪に陥る。
そしてまた、溜息を吐く。
さっきから悪循環だ。
「幸村さまぁ、そんなに気になるなら、政宗サンとこ行けば良いじゃないですか~」
呆れたような溜息を吐きながら、面倒くさそうにくのいちが答える。
そんな簡単に会いにいけるものなら行ってる。
と、思わず愚痴っぽくこぼしてしまいそうになり、再び溜息。
「もー!見てるこっちがヤキモキしますっ!!」
くのいちは一言、言い捨ててどこかへ消えてしまった。
仮にも主にその態度はないんじゃないかと、弱気な事を考えてしまうが、
くのいちの言うとおり、こんな状態では周囲も陰鬱な気分にしてしまうだろう。
何とかしなければ、と思うが何ともならない。
あぁ一体どうすれば良いのか、もう分からない、と体を投げ出す。
縁側に座って、くのいちと二人まったり茶を飲んでいた。
ついさっき、くのいちが消えてしまってからは、わたし一人。
眺めていた庭も、特に感心があるわけではない。
定期的に剪定される庭は、たしかに美しいが、興味が持てなかった。
ごろっと寝転がった視界には、くすんだような年期の入った軒先と、青い空と少しの雲。
空は晴れていて高い。到底手が届きそうもなくて、自嘲気味に呟いた。
「…まるで、政宗殿のようだ。」
手を伸ばして、手を開いてみる。
つかめるはずもないのに、手を握ってみたりして。
自分でも女々しいと思うがどうにもできない。
今はすべてが投げやりな気分で、どうでも良い。
勢いとは言え、『好きです』と告げてしまったものの、
政宗は驚いたように目を瞠った後、『そうか…』とだけ告げて行ってしまった。
返事をしてもらえるとも思ってはいないが、宙吊りのまま放置されている気がしてならない。
確かに、政宗の立場に立って考えてみると、当然なのだが。
突然、敵方の将に『好きだ』と告げられて、どう答えて良いか、自分だって迷う。
大きな失態に、ごろごろと縁側の板の上を転がりながら、
唸ることしか出来ない。
時間を戻すことが出来たなら、あんな事言わずにずっと胸に秘めておいた。
否、もしそこまで時間を戻すことができないのなら、
せめて政宗殿から『だからどうした』なり『興味ない』なり、止めの一言を貰えば良かった。
決して、無碍にされたい訳ではないが、
かといって今の状況は非常に辛い。
自らが招いたこととは言え、何も手につかない。
「…はぁ」
その日何度目かの溜息を吐くと、「さっきから何をしておる」と声を掛けられた。
「実は、己がしでかした失態に頭を抱えておりまして…。何も手につかないのです。」
「…それでこうしてぐだぐだ腐っている訳か。」
「えぇ。もう暫く放っておいてください。今は何もする気になりません。」
「お前、さわやかそうに見えて、実は根暗か?」
面倒な奴じゃな、とまで言われて、思わず起き上がる。
今すぐに聞きたいと願った声、一日中だって見続けていたいと思う顔。
それが今、目の前にあった。
「…えっ…?あれ…?…政宗…どの…?」
腕を組み、手の先は袖の中に入れて、呆れたように立ってこちらを見ている。
いつもの甲冑ではなくて、楽な小袖に袴という姿。
「うるさい女に、お前が鬱陶しいから何とかしろと言われた。
わしに何の関係があるのか知らぬが…しかし…なるほど。鬱陶しいの。」
眉根を寄せて、半眼でこちらを見下ろす政宗殿。
どんな姿も麗しいが、そんなふうに言われると、非常に悲しい。
「す…すみません…」
「良い。幸村、お前何が気になってそのような腑抜けになっておる?」
政宗殿が、庭の砂利を踏んで隣に座った。
ふわりと空気が舞って、政宗殿の匂いがする。
あれだけ恋焦がれていたのに、今は何故か悲しい気分だ。
「あの…それは…」
言い淀むわたしの手に、政宗殿はそっと手を重ねてきた。
「言いたくないなら言わなくても良い。
じゃが…元気のない幸村は幸村らしゅうない。」
はにかんだように笑う政宗殿が、とても可愛くて。
重ねられた手の温かみがとてもうれしくて。
「げ…元気になりますっ!」
反射的に答えていた。
政宗殿はとても綺麗な笑顔で返してくれた。
わたしは、暫く元気で過ごしていけそうだ。
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「全く!世話を掛けるなっ!馬鹿めっ!!」
「怒んないでくださいよぉ、政宗サン!」
ほらほら、金平糖あげる~と政宗の前に差し出した巾着は、
政宗の手によって払われた。
一応、相手が女性であるせいか、加減はされていたようだが。
「言っておくが、わしは幸村の元気があろうが無かろうが、一向に構わんのじゃぞ!」
そこのところ、良く分かっておるのか馬鹿め!と続けられ、
くのいちは首を竦めた。
「すみませんってば。そうカッカ怒んないでくださいよぉ。
お約束どおり、上杉軍の布陣、お教えしますからー」
くのいちは、すっと足の小箱から料紙を取り出す。
政宗は目を顰めてその様子を見た。
「…おぬし、本当にそれで良いのか?」
「主のためですし。兼続サンはコレくらいじゃ、きっと崩れないと思います。」
胸を反らせて言い切るくのいちを、苦りきった顔で見ながら、
政宗はその料紙を受け取った。
「兼続もかわいそうな奴よ。友の忍びに裏切られるとは。」
「だって、幸村さまを元気付けるのは、政宗さんしかできないんだもん。」
「なんでじゃ。お前が慰めてやれば良かろう。」
料紙を懐にしまいながら、政宗はくのいちを見る。
その表情はいかにも『疑ってます』といったもの。
溜息を吐き、首を顰めて、くのいちは逆に政宗に問い返す。
「政宗サン、幸村さまがあーなったのって、実は政宗サンが関係してるんですケド、
身に覚えってありますぅ?」
「…わしが…?あるわけない。」
キッパリと断言した政宗に、今度は深く、溜息を吐いた。
「はぁぁぁ…生かさず、殺さず、無視ですかぁ。」
「なんの話じゃ?」
くのいちの、どこか非難めいた言葉に、政宗の表情が曇るが、
気にすることなく、くのいちはひらひらと手を振った。
「あ、良いです。流石にそこまで首突っ込むつもりはないから。」
「???」
(っていうか、政宗サンって垂らしこむのが上手いなぁ…
しかも天然物だもんにゃー。性質悪い…。幸村さまお気の毒)
くのいちは、政宗の前で両手を合わせて、一礼し、拝む仕草をすると、
その場から消えた。
音もなく消える辺りは、あんな派手な格好をしていても忍びだな、などと考えながら、
政宗は軽く舌打ちした。
「…あんな…その場の雰囲気に流されたような言葉を、
わしに信じろというのか、あの二人は…」
一人残された政宗は、耳まで染めながら呟いた。
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