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隣の兄ちゃん
「政宗。まだ寝ておらぬだろう?」
「小太郎…、今日は珍しくこんな時間に家におるのじゃな。」
「ふふ。嬉しいだろう?」
よしよしと頭を撫でてくる紅い髪が印象的な長身の男は、
隣の家に住む風魔小太郎だ。
親は死別したか、長く海外に行っているらしく、
政宗は小さいときから、隣の家には小太郎しか見かけたことが無い。
家が隣で、ベランダが向き合っているせいで、
小太郎はよくこうして、二階の窓から、政宗の自室へ侵入している。
不法侵入甚だしいが、もう慣れてしまって今ではもう何も言う気になれない。
が、小太郎が政宗を子ども扱いすることには、苛立ちを覚える。
撫でられている手を邪険に払うと、小太郎はますます楽しそうに笑う。
「政宗は可愛いな」
「可愛くないわ、馬鹿めっ!」
語気を強めていうと、また、よしよしと頭を撫でられる。
政宗は、くっと唇を噛んだ。
どうにも、小太郎は掴みきれずに扱いなれない。
すでに大学生だか、院生だが、社会人だかで、随分と大人な小太郎に敵うはずもなく。
「毛を逆立てて、威嚇してくる子猫のようだ。」
「なっ?!」
年齢不詳、職業不明、とにかく不思議な男だと思うのだが、
知りたいと思っても、いつも煙に巻かれて真実が知れない。
深いけれど、淡い蒼い瞳に見つめられると、今、小太郎の蒼白い手が
政宗の顎を撫でている事実なども、全て有耶無耶にされてしまう気がする。
「…猫ではない…」
結局、敵わず不貞腐れるように、小さく溜息を吐いて小太郎の手を払う。
そして、小太郎が入ってきた窓を閉めに行く。
僅かに開いた窓から、まだ幾分冷たい風が入ってくるからだ。
レースのカーテンも若干開いているため、外から室内が見えてしまう。
学校から帰って来たばかりの政宗は、
鞄を置き、学ランのボタンを外しながら窓を閉めると、音もなく近寄ってきた小太郎の両腕が、
政宗を挟んでガラスに手を突く。
背後から、囲われ、少しガラスに押し付けられ気味の体勢に、
政宗が苦しそうに息を吐く。
「こ…小太…っ……!?」
「政宗は、何故こんなに可愛い?」
「じゃから…可愛くなどな…」
「いや、可愛い。」
政宗の言葉を遮り、断言する小太郎は、政宗の髪に鼻先を埋めて、
それこそ猫のように擦り寄ってくる。
ふぅ、とまた一つ溜息を吐いて、政宗はカーテンを握り締めた。
「小太郎、お前、いつもいつも唐突にやって来ては訳の解からない事を言う。
良いか、男が"可愛い"と言われて喜ぶと思うか?」
「…さぁ?」
「喜ばぬのじゃ!」
身動きが取れない状態で、それでも何とか小太郎に怒鳴ると、
当の小太郎からはくつくつと笑う気配。
「だが…可愛いのは事実だ。我に嘘を吐けというのか?」
「もういい。分かった。思うだけにしておけ。口に出すな。」
今度こそ、深く大きな溜息を吐く。
すると、間近にあるガラスが曇った。
「…政宗、溜息を吐くと、幸せが逃げるらしい。」
「そんな迷信、わしは信じ…」
「大きな溜息を吐いて、政宗の幸せが逃げるといけない。
我が、幸せを逃さぬようにしてやろう。」
「…?!」
またもや政宗の言葉を遮り、小太郎が囁く。
耳元で囁かれるその声に、背筋を電流のようなものが走り、
体がビリビリと痺れるのだが、そんな事はお構いなしに、小太郎の指が政宗の顎に触れた。
ヒヤリとする体温に、瞬間的に肌が粟立つ。
かなり高い位置から、小太郎の顔が降ってきて、
薄く笑みを象る唇が、政宗の唇に触れた。
「…っ?!」
後ろを向かせるように、小太郎に顎を固定されているため、
暴れたくとも力が入らない。
上向かされる顎は、口付けから逃れるために、のけ反ると、自然と唇が開く。
それを見逃さずに、小太郎はかなり深い口付けを施す。
「んっ……ふっ……」
無理な体勢で、上手く呼吸が出来ずに、政宗の体から力が抜けていく。
だが、小太郎が空いている手で政宗の腰を抱き、
くず折れないように支えているため、なされるがままで、逃れる術がない。
かなり長い時間、何度も口付けを受けたような気がするが、
軽い水音を立てて唇が解放される事には、政宗の体には力が入らず、
すっかりぐだぐだになってしまっていた。
苦しくて涙ぐんだ瞳で小太郎を見上げると、
やはり楽しそうな顔。
「ふふっ…やっぱり、政宗は可愛いな。」
自らの濡れた唇をぺろりと舐めながら呟く小太郎に、
もはや言い返す気力は無かった。
「溜息を吐きたくなったら、いつでも言え。
我が、政宗の幸せが逃げないように、塞いでやろう。」
「………今、もう既に、溜息をつきたい気分じゃ…」
疲れ気味の政宗の言葉を聞き、くたりとする体を抱き上げ、
小太郎は再び、政宗に口付けた。
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