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堕ちる
その部屋の前を通ったのは偶然だった。
だが、いつも爆音で耳を塞ぐジャスティンが、
部屋から漂ってくる、愛おしく思う魂に気づいたのは当然。
濃い密度の波長。
その波長が切なげに揺れている。
ジャスティンはその理由を突き止めるべく、
また、愛しい魂の持ち主を一目拝顔すべく部屋の中を覗いた。
そして、目に映ったものは、見たくもない光景だった。
ジャスティンにとって、死神やキッドは絶対の存在だった。
『神』と認め、彼らのために魔女を狩り、魂を集めることは、
彼ら死神を助ける誇るべき仕事。
そして、ジャスティンにとって彼らは不可侵の存在。
人間を凌駕し、全ての生き物を統べる存在。
だが、ただ少し、ジャスティンにとってキッドは死神よりも親しみやすく、
崇拝する存在としてではなく、愛し、守りたい存在であることは確かだ。
手を伸ばせば触れられる。
けれどそれをしないのは、自らの欲望に、崇拝する彼を染めたくなかったから。
―――それなのに。
ジャスティンが愛する存在を、乱し、甘く蕩けさせる輩がいる。
切なく揺れる魂の波長は快楽からくる愉悦の波。
いつもきっちりと着込まれた、上質な黒い上着は床に落とされ、皺になってしまっている。
半端に脱がされた白いシャツは、彼の動きを封じて窮屈そうに見える。
片足にだけ引っかかった黒いスラックス、散乱する、死神の仮面を模したモチーフ。
ストイックな彼の普段からは想像出来ない痴態であるにも関わらず、
キッドの頬は薔薇色に染まり、閉じられたまぶたのせいで、金色の光を見ることはできない。
切なげに寄せられた眉、密やかな甘い吐息、目尻に溜まる涙が、
確かに彼が快楽を得ていることを伝える。
「…っ……まて…っ…ソウル…」
「待たない。俺ももう限界。」
「やめっ……まって……ふっ……くぁっ…」
のけ反る白い喉に、銀髪の男が唇を落とす。
その光景を目の当たりにして、ジャスティンは一気に頭に血が昇り、
すぐに足元まで血の気が引くのが分かった。
ソウルを、殺してやりたいと思ったのは一瞬。
それよりも勝るのは、『そうではない』という、自らの内に眠る汚れた欲望。
自分ならそうはしない。
そんな性急に進めたりせず、ゆっくり時間をかけて
中を解して、どろどろに融けるまで。
彼の身体も頭も、何も考えられなくなり、キッドが自分から請うまで―――
そこまで考えて、ジャスティンは、ハッと我に返った。
(私はいま、何を考えた?!)
我を忘れ、自ら邪な想いを彼にぶつけていた事実に驚愕する。
(嗚呼…もう私は貴方の傍には居られない…。
こんな乱れた姿を見てしまっては、もう、自分を抑える事が出来ない。)
部屋から漏れる濃密な空気と、甘く揺れるキッドの魂の波長。
それを断ち切るように、ジャスティンはその場を離れた。
耳を塞ぐ爆音を越えて、キッドの喘ぎが聞こえてきそうな錯覚を覚えた。
(もう、私は神に仕えることが、出来ない…)
これは、狂気なのだろうか。
それならば、自らが仕える先は神の元ではなく、狂気の元なのだろうか。
こんな妄執され抱かなければ、今も変わらず神の元に居ることが出来ただろうか。
無表情なジャスティンの頬に、冷たい涙が伝った。
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