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凍て付く龍
「あれか、奥州の伊達政宗は。」
三成は、兼続に歩み寄り、背後から声を掛けた。
パチリ。と三成愛用の扇子が音を立てて閉じられる。
武器として使用している鉄扇ではなく、京で仕立てた雅な扇子は、
三成も気に入っていて、大事な戦前には必ずと言って良いほど携帯していた。
「内なる大志を秘め、智謀知略・武勲においても軍神のごとき存在で、
あの隻眼とあわせ、『独眼龍』と渾名されているようだが…」
「ふん。権力者に媚を売り、尻尾を振る山犬よ。」
味方だと思っていてもすぐに手を噛む、じゃじゃ馬だ、と
忌々しそうに、けれどどこか愛おしそうに続ける兼続に、三成は胸中で嘆息する。
直江兼続と石田三成は、主は違えど友人だ。
お互い少し捻くれた部分もあり(兼続の場合はどちらかと言えば"拘り"のようだが)
互いに共感できるのだ。
「兼続。素直でないな。」
「どういう意味だ?」
「分からぬではあるまい。」
三成が、再び扇子を少し開いて、パチリ、と音を立てて閉じる。
「まぁ、まだ政宗は『龍』と渾名されているようだが、まだ若い。
いまだ滝を上りきれぬ鯉、といったところか。」
「…お前にしては、随分と良い評価ではないか。」
「大化けするぞ、あいつは。」
ふっと不敵に笑い、三成は長身の兼続を見上げた。
「奴があと十年、早く生まれてきていたら。
戦国の世も変わっていたろうな。」
俺が尽力してやっても良い。
続く言葉に兼続の片眉が上がる。
「どうやら、本当に気に入ったようだな、あの山犬を。」
「お前に分からない訳がないだろう?あの童の、大器を。」
「…お前にだから正直に言うが。
謙信公と同じ、神の軍略・鬼神のごとき戦ぶりを垣間見せることがある。」
不本意ではあるが、と続ける兼続に三成は頷いた。
「今はまだ、迷いがあるようだが。
その迷いが無くなれば、奥州は栄えよう。」
「全国統一ではないのか?」
「統一するには、生まれるのが遅すぎだ。
が、奴ならば、泰平の世でも民草を豊かにしてやる事ができるだろう。」
「随分と買っているのだな、政宗を。」
兼続も驚いた表情を隠さない。
三成は厳しい。けれど、その言動は、大概的を射ていて外すことはほぼ、ない。
その三成が太鼓判を押す政宗だ。
本当にこれから大化けするのだろう。
政宗についての考察、兼続も認めるところだ。
だが。
納得できない部分もある。
愛と義を重んずる兼続にとって、いくら戦国の処世術とは言え、
主を転々と変えるような、不義な振る舞いを取る政宗をすべて肯定することは出来ないのだ。
「甘いな、兼続。あれは、愛に餓えている者の目だ。
不義を働いて欲しくなくば、あれに愛を叩き込むのが良策だ。
目に見える愛ではなく、真綿に包むように、じわじわと、窒息しそうな愛を与えてやれば良い。」
遠く、雑賀衆の一人となにやら真剣に話をしている政宗をその視界に捕らえ、
三成は不敵に笑んだ。
「三成、まさかとは思うが、お前…」
「その、まさか、だ。」
パチリ、と再び扇子が鳴る。
「普段から"山犬よ"と罵っているお前だ、文句は言うまい?」
挑戦的な言葉を敢えて選び、兼続に宣戦布告をする。
「兼続、俺だけではないぞ。どうやら幸村も、あれを好いているようだ。」
幾分、眉をひそめ、兼続は不機嫌を露わにして呟いた。
「好きにしろ。わたしとて、そう簡単に諦めるつもりもない。」
「そうくると思っていた。」
閉じた扇を口元にあて、三成は兼続から遠ざかっていく。
「どこへ行く?」
「奥州王・独眼龍の伊達政宗に挨拶にいくのさ。
まずは俺の存在を植えつけなければならないからな。」
豊臣切っての軍師・石田三成相手に、政宗が何時まで貞操を守ることが出来るのか。
兼続はそっと、政宗を守ってやろう、と心に誓った。
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