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オツキアイ。
「伊達政宗殿とお見受けする!」
突然背後から声を翔られ、政宗は振り返った。
気配を感じる事が出来なかったことに、目を瞠る。
しかし、次に目に入ってきた色に、更に目を瞠った。
紫に、緋色。
鮮やかな武田の戦闘色。
「…いかにも、わしは伊達政宗じゃ…」
少し見上げなければならない、この角度は忌まわしいが、
政宗は真っ直ぐ声の主を見つめた。
生真面目そうな表情、声音、あらゆる意味で、政宗とは対極に位置するような男。
眉を顰めて、ねめつけるように、目に力をこめた。
「わたしは、真田源次郎幸村と申します。」
「…して、幸村。わしに何用じゃ?」
真田幸村、と名乗った緋色が良く似合う男と、政宗は、
今豊臣軍として、戦の準備をしていた。
お互い、決して暇ではないはずだ。
政宗とて、自らの騎馬隊の見回りをしている最中で、
この後は愛刀と愛銃の手入れをする予定なのだ。
無駄話など、する余裕はない。
「…わ…わたしと…文の交換をしてくださいっ!!」
「はぁっ?!」
がばっと頭を下げ、右手を差し出す幸村の行動に、
政宗は思い切り奇声を発してしまう。
「初めてお会いしたときから、何故だか政宗殿が気になってしまい。
いつしか目でお姿を追うようになって…気がついたら、政宗殿の事をお慕いしていたのです!」
「お…お慕い……」
自らの部隊の前で、しかも大きな声でこの男は一体何を言っているのか。
思わず赤面してしまう内容に、流石の政宗も二の句が告げられない。
「政宗殿!どうか、まずは文の交換から!
わたしとお付き合いくださいませんか?!」
この大声に、隊の精鋭たちがいっせいにこちらを振り返る。
少し離れた場所に居た雑賀孫市も、一体何事かと近づいてきた。
「おい、政宗、一体どうしたんだ?」
「ま…孫市ぃ…」
「孫市殿。今、ちょうど政宗殿に文の交換を申し込んでいたところです!」
どうしよう、と明らかに瞳で訴えかける政宗と、清々しいほどハキハキと答える幸村に、
孫市は唖然とする。
こういった色事や戯言は、一笑に付すはずの政宗が、
顔を真っ赤にさせて、落ち着きなく視線を彷徨わせ、
孫市の袖を掴んでいるからだ。
「…政宗…?」
「孫市…ふ…文の交換など…わしは一体どうしたら良いのじゃ?」
「どうって…文くらい、いっつも書いてるだろ?」
「馬鹿め!政治的な文などではないわっ!」
「え?じゃあ、何?」
にこにこと笑う幸村と、これ以上赤くなることは無理ではないか、というくらい、
顔を真っ赤に俯く政宗。
まさかこのような初々しい政宗を見ることになろうとは。
流石の孫市も予想だにしなかった。
「こ…こ…恋文…など……書いたことなどないわ、馬鹿め…」
尻すぼみになっていく言葉に、孫市は「あぁ」と溜息に似た呟きを零した。
孫市の袖を掴んだまま、幸村から隠れるように、孫市の背後に回りこむ。
(…なに、この乙女みたいな反応は。)
孫市は参ったな、と呟き、首筋をかくと、幸村に向き直った。
「幸村、とりあえず、うちの竜、すごい照れてるけど、
文の交換は問題ないと思うぜ?ただ、少し、返事に時間がかかるかもな。」
「急かすつもりはありません。
まずは、わたしを知ってもらいたいので、文の交換から、と思いまして。」
はにかむように笑う幸村と、照れまくる政宗に挟まれ、孫市は面倒だな、と思った。
が、他ならぬ政宗のためだ。一肌脱いでも良い。
「では、まずはわたしから。
政宗殿、受け取ってください。」
「う…うむ……」
孫市の背後からそっと顔をのぞかせて、差し出されえた文を受け取った。
先ほどまでの、気丈な態度が一変。女性以上に女性らしい、初心な反応に、
おもわず微笑ましくなった。
いつも何かを抱えて、何かに耐えているような政宗を側で見ているだけに、
年相応、それ以上に可愛らしい仕草に、少し安心した孫市だ。
が、この後、恋文の書き方を教えてくれ、と政宗に泣いてせがまれ、
月が昇り、西の空に沈むまで、墨とすずり、筆、料紙に囲まれながら、
政宗の初めての恋文が完成するまで、ずっと付き合わされることになった。
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