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嫁シリーズ最終章。
幸政です。



*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*

その嫁の名は…


秋晴れと言うに相応しく、清々しい空は青く、空気も澄んでいた。
冬が早い奥州の朝は、少し肌寒い。
無意識に暖を求めるのか、政宗は側にある温もりに擦り寄った。
すると、髪の毛やらうなじやらを撫でられ、くすぐったい。

くすぐったさの元を軽く払うが、諦めずに何度も撫でられる。
やがて、むずかる様に暴れるのだが、軽くいなされてしまった。
体は重たく疲労しきっていて、眠りを必要としていた。
その上朝もまだ早いため、眠っていても悪いはずはないのに、
なぜ眠りを邪魔するのか…未だ眠りを欲する頭で考えて、政宗はピクリと瞼を振るわせた。

「政宗殿…お目覚めですか?」

この低く、柔らかい声に、政宗の意識は一気に覚醒した。
見上げれば、声に見合った柔和な笑顔。

「おはようございます、政宗殿。」
「……っ……ゆき……む……」

驚きよりも、昨晩の諸々が蘇り、政宗は赤面するやら蒼白になるやら、
顔色だけでも忙しい。
そんな政宗にはお構いなしに、幸村は政宗をぎゅうぎゅう抱きしめた。

「政宗殿!ようやく夫婦になれましたねっ!!
真田幸村、これ以上の喜びはありませんっ!!!」

幸村自身は感無量、といった体で抱きしめてくるのだが、
昨夜の負荷に加えて朝から激しい抱擁を受け、政宗の体が悲鳴を上げた。

「よせ…っ落ち着くのじゃ……幸村!」

幸村の体を押し返す腕は、身体中が軋むように痛むせいで力が入らない。
精神的な衝撃も大きい。
なし崩し的に…というより、本当に夜這いされ、成就されてしまった。

「政宗殿の嫁になれたこと、幸村、とても嬉しく思います!!」
「ちょ…待て……っ幸村…!」

何度か宥めすかして、政宗は幸村から体を離した。
情事後の余韻が未だに残る体。辛うじて幸村の手により、体液は拭われていた。
けれど夜着はしわくちゃで使い物にならない。

政宗は一つ溜息を吐くと、家のものを呼び、政宗と幸村の着替えを持ってこさせた。
政宗自身は全身から…特に腰から痛みを感じるのだが、
それを気取られないように体を庇っている。

新しく用意された着物を着込み、早速御厨へ立とうとする幸村を押し留め、
政宗は体を引きずるようにして御厨へと立った。
幸村に任せてしまうと、その後の片付けに3日掛かる、という事が実証されたからだ。

「幸村、昨晩の勤めで疲れておるだろう。朝餉はわしが用意するゆえ…
部屋でも片しておいてくれ…」

もはや、身体中の痛みと、幸村の元気に対応できず、
政宗はすぐに終わりそうな仕事を割り振る。
痛む体を引きずって御厨に行けば、女中達が心配そうに、水やら調理器具やらを揃えてくれた。

今日は小十郎が作った野菜も摘み立てだし、
政宗自身の食欲があまりないので、粥にしよう、と考えて早速準備に取り掛かる。
粥に青菜を入れて、醤油を少々垂らす。
自身の体力不足を補うため、卵を一つ溶いて淹れた。

あとは糠床に埋まっている野菜と取り出し、糠付けにし、汁物を準備すれば、
簡単な朝食の出来上がりだ。
朝摘み立ての小松菜はおひたしにした。

膳を運んで幸村の元まで行く。
一応客分扱い。政宗と同じ部屋で食事することを赦しては居るが…
はて、どうしたものか、と政宗自身も迷う。

「膳が出来た。食べよ。」

素っ気無く告げると、幸村はさして気にした風もなく、
出されたお椀の中身を平らげていく。

「美味しいです、政宗殿」と連呼されると、悪い気はしない。
政宗も倣って食事を始めるが、どうにも体のあちこち、痛くて仕方ない。
まぁ前日、さんざ幸村によって暴かれたのだから、当然だと思うが。

「朝・昼・晩は基本的に政宗殿が作ってくださった料理を食べ、
政宗殿が執務の間は自己鍛錬。
夜は政宗殿をこの腕に抱いて愛を確認しあうなど…なんて幸せな生活なんでしょう。」

嬉しそうに粥を啜り、小松菜のおひたしを食べる幸村に、
政宗はじと目を向けてしまう。

「のぅ…幸村よ…それは、"嫁"と言うものなのか?
わしの考える"嫁"は、いつもにこにこ、亭主の疲れを癒す存在で、
時折その柔らかい胸で慰めてくれ、美味しい料理に裁縫等、場合によっては、
わしの変わりに伊達家を指揮するくらいの女子が理想なのじゃが…。」
「…はぁ…」

曖昧な幸村の返事に、政宗は深く溜息を吐いた。

「お前に、当てはまるか?」
「…確かに、当てはまりませんね…。
料理は政宗殿が作ってくださいますし、お裁縫だって、政宗殿はお上手です。
わたしの事をなぐさめて下さいますし、伊達家を指揮してくださっているのは、政宗殿です。
何より、私の腕の中、高くか細く啼くあなたは相当可愛らしい…。

臆面もなく告げる幸村に、政宗は制止を要求した。

「…やめよ幸村。なんだか情けなくなってくる。」

そういうと同時に、腰の痛みが蘇ってきた。

「……もしや、政宗殿……」
「なんじゃ…」

半ば自棄気味に幸村の問いに返せば、幸村からとんでもない言葉が飛び出した。

「もしや、とは思いますが、実は政宗殿が嫁で、わたしは婿なのでしょうか。」
「……っ―――――っ!!!!!」

危うく拭きそうになった汁物を何とか飲み込み、政宗は涙目で幸村を見上げた。

「料理・裁縫・政務に夜も愛される才能のある政宗殿と、
閨事はお任せいただけますが、ほかに槍を持つくらいしかとりえのないわたしでは…
同考えても嫁が政宗殿、という気がします。」
「幸村、お前少し頭がよわ……」
「なんたる失念!そうか、政宗殿が妻で私が婿なのですね。
確かにそれなら納得が行きます!!!」
「おい…ちょっと待て…」
「不肖、真田幸村!今日より婿として、誠心誠意、政宗殿にお仕え致します!!」

政宗の言葉など、一切受け付けない勢いで、幸村は結論付けてしまったようだ。

かくして、嫁として輿入れした幸村だが、
本日このときより、婿にいなりました。

その嫁の名は………奥州を統べる奥州の王。眠れる独眼竜・伊達政宗―――


終.

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