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後悔先に立たず
「上田城の戦、加勢などしなければ良かった。」
孫市のせいじゃ、と呟き、政宗はその隻眼で、恨めしそうに目の前の紅を見上げた。
昔よりは縮まったが、それでも見上げなければならない、男の顔。
「政宗殿~vvv」
尻尾がついているならば、まさに千切れんばかりに振っているのであろう。
語尾には、
はぁとまぁく(というらしい。イスパニアの使者から聞いたんじゃ)
とやらが飛び交っていそうなほど、甘ったるい声で名前を呼び、
ごろごろと抱きついてくる、大きな大きな駄犬。
…もとい、真田幸村。
「えぇい暑苦しい!放れんか幸村!!」
「お断りいたします。」
キッパリと断られ、政宗は嘆息する。
上田城の戦で、雑賀孫市とともに、真田家に加勢した。
その時、真田幸村と対面したのだが、どうやら政宗は異様なまでに、
この真田家の次男坊。真田幸村に好かれてしまったらしいのだ。
上田城の戦後も延々と滞在を長引かされ、
流石にこれ以上国を空けることができなくなった政宗は、
上田滞在の折、丸め込んだくのいちと共謀し、幸村からの逃亡…もとい、
奥州への帰還を果たしたのだ。
が。
二日とおかずに送られてくる文の山。
政宗が出陣すると聞きつければ必ず駆けつける戦場。
性質の悪いことに、幸村は味方になることもあったし、
敵になることもあった。
味方になれば堂々と、
敵になれば、要所を攻め込み、救援に向かった政宗を当然のように
抱き込んで放さないのだ。
「えぇい!今は戦の最中じゃ!しかもお主、敵であろう?!」
幸村の腕の中、じたばたともがくが、巧みに槍を操る腕が緩む気配はない。
悔しいが、同じ年でこの体格差・力の差を覆すことが出来ない。
この至近距離、抱きすくめられたからだでは、
腰から銃を取り出すことも出来なかった。
「政宗殿は、いつも、するりするりと幸村の腕を離れて、
遠くへ行ってしまわれるではないですか。
ずっと傍に居てくださると、お約束くださるまで、この腕を放す訳にはまいりませぬ。」
「訳のわからぬことを…っ!えぇい放さんか!」
「お断りいたします!」
戦況は伊達軍が有利だ。
けれど、何時までもこの幸村に構っていることなど出来ない。
ざっと見渡すが、周囲には味方どころか敵も居ない。
さてどうやって切り抜けたものか、と思案していると、なにやら幸村の手つきが怪しい。
「…何をしておる…?」
無遠慮に、腰や尻を撫で回す幸村の手に気づき、
政宗はその隻眼で睨みつけた。
「いえ、銃を抜かれては困りますので、こうして探しているのですが…」
「馬鹿め!銃を尻に携える輩がどこにおる!撫で回すのはやめい!」
さわさわと撫で回す不埒な手は、銃を探す目的など口実に過ぎない、と物語っていた。
「では、もう幸村から逃げぬ、と。
生涯傍に居てくださると、お約束くださいますか?」
「戯けたことを。お主、馬鹿じゃ馬鹿じゃとは思おておったが、まこと、馬鹿なようじゃな!」
「政宗殿は知らぬのです。如何に政宗殿がお可愛らしく、皆を惑わすか。」
「はぁ…?かわいいじゃと?貴様、馬鹿にしておるのか?」
「馬鹿になどとんでもない!真実を述べたまでです。」
真顔で政宗の顔を見つめる幸村に、嘘はないようであるが。
「…馬鹿め。そういう事は、おなごに言うべきじゃろう。」
男に言って何が楽しいのか。
政宗は再び嘆息する。
政宗の姿が見えない事に、孫市か、片倉小十郎が気づくまで、
あともうほんのわずかだろう。
そして、この毎度の人攫い劇に、苦笑しながら探しに来てくれるはずだ。
政宗は頭の中で考えながら、幸村の足を踏むことで、不埒な手を止めさせようと試みた。
「まこと、上田城の戦いに加勢せねば良かった。
お前と出会わなければ良かった…。」
「またそのような、お可愛らしい讒言を。」
本気で"かわいい"と告げ、顔を寄せる幸村に必死に抵抗しつつ、
政宗は頭痛しか覚えなかった。
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