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茶道部危機一髪?
『茶道部が部員不足で廃部になるらしい』
学食で、食事と共に交わす会話の中で、三成が零したものだ。
同級の幸村、政宗と、幸村と同じ部活の兼続、兼続と同級の三成は、
最近良く学食で一緒食事をとる。
兼続と三成は上級生なのだが、何故かよく幸村・政宗と相席したがるのだ。
幸村と三成は学食で購入し、政宗は手製の弁当
(高2になる男子が弁当自作というのもどうかと思うが、母は料理が得意でなく、
弟・小次郎が政宗の弁当を楽しみにしているから、仕方なく、だ。)、
兼続は母の手製弁当を持ってきている。
兼続母が作る弁当は、いつも美味そうだ、と実はこっそり観察している政宗は、
三成の言葉も、話半分で聞いていた。
「茶道部が廃部になると、左近が困ると言っていたな。」
塩さば定食の小鉢に箸を伸ばしながら、三成が呟く。
「…左近?なぜ左近が困るのじゃ?」
「さぁ?良くは知らぬ。だが、確か、今は左近が茶道部の顧問だったように記憶している。」
茶道部の廃部と、左近が困る事態がいまいち結びつかず、
思わず問い返した政宗の言葉に、三成は軽く返すのみで、この話は終了してしまった。
「から揚げと、政宗殿の卵焼き、交換しませんか?」と
嬉しそうに問いかけてくる幸村に頷きながら、政宗はしばし考え込んだ。
授業後、結局気になった政宗は、茶道部の部室へと向かっていた。
入学してからの僅かな期間、政宗は茶道部に在籍していた。
が、確か顧問は左近ではなかったし、部員もそれなりに盛況だったように思う。
それが一年後には廃部の危機というのが、どうも腑に落ちない。
この学校には、入学後一ヶ月間は仮入部期間で、
様々な部活を体験することができる。
そしてその後、新入生は、三ヶ月間、必ずどこかの部に属する事という、
可笑しな校則があった。(政宗は、校則ではなく"拘束"だと思っているが。)
幼い頃から、文武両道叩き込まれていた政宗は、
今更部活に所属したいとも思っていなかったし、面倒な事は嫌いだった。
結局、茶道部に入部したのも、その三ヶ月間のお茶を濁すためで、
活動が隔日しかなかったために決めたようなものだ。
茶道部の部室(茶室)がある特別棟へ行き、土間で上履きを脱ぐ。
板のたたきを上がって、数歩進むと襖を開けた。
「左近?」
声を掛けるものの、応えはない。
襖を開けた先の前室には誰も居ないようだった。
まぁ、先ほど上履きを脱いだ時点で、生徒が誰も来ていない事は確認済みだが。
前室の更に奥、障子戸に手を掛けて、政宗は再び声を掛けた。
「左近……ぁ…島…先生?」
三成が"左近"と呼ぶせいで、政宗まで可笑しな癖がついてしまった、と
軽く舌打ちして、政宗は"島先生"と呼びなおした。
左近は日本史教師で、政宗は生徒なのだから、「島先生」が当然だ。
百歩譲っても「左近先生」だろう。
「島先生?」
もう一度、呼びかけて、障子戸を開けると、左近が「おや」とちょっと驚いた後、
すぐに笑顔で迎え入れた。
「政宗サン、珍しいですねぇ?」
まぁどうぞ、と勧められ政宗は畳みの上に腰を下ろす。
茶道部の部室の畳は傷みが激しく、そろそろ変え時のような気がするが、
廃部になるならその必要もないか、と政宗は口には出さずに思案する。
部員が少ないという事で茶道部が廃部になれば、畳を入れ替える経費も減る。
学校側の、そういう考えもあっての"廃部"なのだろう。
「…茶道部が廃部になると聞いてな。」
「耳が早いですねぇ。ま、せっかく来たんですから。
まずは一服点てましょうか?」
政宗が頷くと、左近は茶碗を取り出して、茶を点て始める。
ぴしっと正座している姿は、誰が見ても「凛々しい」と思うだろう。
左近の豪快なもみ上げもそれに一役買っている。
無骨な手が、茶匙を取って、抹茶を茶碗に入れる。 ―――何故か、ほとんどの抹茶が畳みに散乱した。
それに構わず、左近は湯を茶碗に移した。 ―――盛大に畳みに零れた。
一度で適量を入れることが出来なかった左近は、
二、三度湯を茶碗に注ぎ(そのたび畳が濡れた)、ようやく茶筅を手に取った。
茶碗の内側に当てて、ゆっくりと点て始めるが、がしゃがしゃと乱暴にまわすため、
抹茶が綺麗に泡立たない。―――挙句、政宗に抹茶の飛沫が飛んできた。
不器用、そう言ってしまえばそれまでなのだろうが、
「どうぞ」と出された抹茶に手をつけず、政宗はポケットからハンカチを取り出して、
額や頬についた抹茶を拭い取る。
そして、一呼吸置いたあと、ふっと息を付いて、
張り付けたような笑顔を浮かべた。
「…何の、冗談じゃ?」
「どうかしましたか?」
顎をかきながら、不思議そうにこちらを見る左近に、
政宗の中で何かが"ぶちん"と切れた。
バン!と畳を叩いて、左近を睨みつける。
「左近、お前、茶道を冒涜しておるのか?!」
「…政宗サン…?」
政宗の剣幕に圧され、左近はたじろいだ。
「えぇい、もう良い!そこをどけ左近!!
その所作は美しゅうない!見苦しい!!」
言うなり、政宗は立ち上がって左近を蹴り飛ばした。
本来ならば、教師を蹴り飛ばすなど、職員会議ものだろうが、
相手が左近ということで、政宗も容赦が無かった。
左近が散らかした抹茶や、畳に染みてしまった湯をてきぱきと片付け、
畳の傷みが激しいのは、この零した湯のせいか、と眉を寄せる。
左近が点てた茶を捨てて茶碗を濯ぎ、政宗は丁寧に布で拭った。
そんな政宗を見て、左近は言われるまま、先ほどまで政宗が座っていた場所
…茶を振舞われる側の席に正座した。
まるで、叱られている子供のようだったが、政宗は構わず茶匙を取る。
流麗な手付きで、作法通りに抹茶を立てて、左近に出す。
左近も流石にもてなされる側の作法は問題ないようで、
「結構なお手前で」
と笑顔で茶碗を返してきた。
「当然じゃ。」
政宗は言いながら茶碗に手を伸ばすが、
次の左近の一言に、ピクリと体が止まった。
「政宗サンは、どうして茶道部を辞めたんです?」
「………別に……部活に興味が無かっただけじゃ。」
「政宗サンくらい、茶道に精通した生徒が入部してくれたら、
茶道部も潰れなくて済むんでしょうが…」
ふぅ、と溜息を吐く左近に、政宗は「謀られた」と内心歯噛みする。
「実は、茶道部の本当の顧問は、産休中のお市先生なんですよねぇ。
左近は本当は将棋部の顧問でして。
月・水・金隔日活動の茶道部と、火・木週二回活動の将棋部なら掛け持ちできるだろうって事で
引き受けたんですけど…。
左近のせいで、茶道部が潰れてしまうと、お市先生に申し訳ない…」
フリーズしてしまった政宗はお構い無しに、左近は茶室から見える花壇を眺めて
独り言のように呟いた。
春が近いのか、花壇に植えられた花には、蕾がつき、ところどころ膨らんでいる。
何も言わない政宗に、左近は「困りました…」と再度呟く。
おそらく、三成と左近はグルだろう。
昼食時さり気なく、左近が困っていると三成が政宗に吹き込み、
なんとなく気になった政宗を自ら茶道室に向かわせる。
あとは、左近の手前を見せれば、政宗がカッとなるのは、目に見えていただろう。
本当に、この二人は侮れない、と政宗は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
茶道室に来てしまった時点で、二人の術中に嵌ったようなものだ。
「政宗サンくらい、上級生からも下級生からも人気のある生徒が入部してくれたら、
きっと茶道部を辞めた生徒も戻ってくるし、
新規の入部希望者も増えると思うんですよねぇ。
そうすれば、もうじき産休明けのお市先生も喜びますし…左近の顔も立ちます。」
左近が臨時とは言え、茶道部の顧問になった理由と
お市先生の話を聞いてしまえば、政宗は無碍に出来ない。
ここで「わしには関係ない事じゃ」と断ることは簡単だが、
後々、気に病んでしまいそうだ。
そもそも、三成・左近の策に嵌められ、自らこの状況に陥ったようなもの。
政宗は白旗を上げざるを得ない。
…だが。
素直に負けを認めるのが悔しくて、大きな溜息を吐いた後、精一杯の譲歩をした。
「…ひとつ……貸しじゃ。」
ただし、お市先生が戻るまでの期間限定入部だ、と条件をつける。
苦々しく天を仰いだ政宗とは反対に、
にっこりと微笑みながら、左近はどこから取り出したのか、
まっさらな入部届けを政宗の前に差し出した。
政宗が茶道部へ入部した(らしい)、という話は
まだ政宗が茶道部の部室を訪ねる前に、三成によって広まっていて、
次の日には入部希望者が押しかけたとか。
かくて、茶道部は廃部の危機から逃れたのだった。
【後日談】
―――政宗サン、茶道部の件、ありがとうございます。
お市先生に部員が増えたと話をしたら、喜んでましたよ。
あ、そうそう、そういえば政宗サン、将棋に興味ありますか?
実は将棋部も部員不足でして…
まぁ、地味な部活ですからねぇ。仕方ないことなんですが。
もし政宗サンが入部してくれたら、茶道部とあわせて
授業後は毎日一緒に居られますよ。どうです?
―――黙れ左近!お断りじゃ!!
増えた部員の面倒を見ながら、政宗は左近を睨みつけた。
(やれやれ、どうやら教師とは扱われていないようですねぇ…)
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