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壊す
桜を見ていると、ふと、思う。
桜の見事な咲き方と、ぱっと散る、その潔さ。
それが、儚くも美しく、キッドはうっとりとその薄紅の花弁を見つめる。
死刑台屋敷の自室から眺める、デス・シティー。
掃きだしの大きな窓から、キッドはバルコニーに出て崖下に広がる世界を見下ろす。
「…世界は彩られている。」
美しい世界、美しい人々。
そこには、魔女も、職人も、武器も道具もない。
全ての生は全ての人に等しく与えられ、そして、死もまた、等しく訪れる。
「俺と父上以外には。」
死神に死が訪れることが、あるのだろうか。
父を見ている限り、それはすぐには考えられなかった。
例えば、千年とか、二千年とか、そういった、
あらゆる生物からみて途方も無く永い時間の先に、訪れるものかも知れない。
だが、父が居て、己が存在する、ということは、
老いはやってくるのではないかと予測ができるだけだ。
死神に死が無く生殖能力が備わっているのであれば、世界は死神で溢れてしまう。
分かっていることは、死神の生が、人と同じではないこと。
人より遥かに永い時間を生きるには、尋常ならざる精神力が必要だ。
「だから、どうしようもなく、壊したくなるんだ。」
世界を。
今の、愛おしい姿のまま残しておきたいから。
キッドは己の手を見つめた。
掌をじっと見て、そして、軽く握る。
その手の中には世界が、命が握られている。
キッドの意思一つで、今ではこの世界を壊すこともできる。
全てを壊して、全てを今のまま、遺したい。
この破壊衝動を抑える事ができるだろうか。
「一人、残されることは、厭だ。」
部屋から出た際に肩に引っかかった、真っ白のレースのカーテンは、
今もキッドの肩に無造作に引っかかったままだ。
そのカーテンからは、昼間、武器姉妹が洗濯していた、洗剤と、陽の香りがする。
白い生地に頬を寄せ、キッドはそのまま背後の室内を見やる。
月光の薄明かりの中、キッドのベッドには先ほどまで熱を分け合っていたソウルが、まだ眠りに落ちていた。
ソウルと熱を分け合うことは、キッドにとって、とても刹那的な事で、
囁かれる愛に、何かを感じることはない。
ただ、求められることには安堵感を覚える。
キッド自身がこの世に存在すること、キッドが、まだ仲間と同じ時間を過ごして居ることに。
「俺はまだ、"ここ"にいるか?」
素肌でシーツに横になるソウルとは対称的に、キッドはすでに身を清め、いつものスーツを着込んでいる。
深夜、室内のソウルを見やり、外界の桜へ視線を移す。
「いっそ、何も感じないように、全てを壊してしまいたい。」
「…物騒な事、言うなよ。」
背後から抱きしめられ、キッドはふと、吐息を漏らす。
「俺は、お前達を失って、狂わずいられるだろうか。
永い永い時を、一人過ごすことには、耐えられそうにない。」
「今から、そんな先の心配かよ。」
「お前には、分かるまい…。」
心の距離を、感じる瞬間。
人間と神の定義ははっきりとしている。
神は、"永い時を共有する"という意味においては魔女に近いかも知れない。
人と居るより、魔女と居ることの方が、楽なのだろうかと、頭を過ぎる時もある。
だが、この背後に感じる温もりが、今はキッドには必要なのだ。
「もしも俺達の方が先に死ぬようなことがあって、
その時にお前が壊れそうになったなら…その時は…」
ソウルの低く、優しい声がキッドの耳に心地よく響く。
抱きしめる腕の力は強くなり、少し息苦しさを感じる。
「俺が、連れて行く。」
「………」
どこへ、とは問わない。
けれど無性にソウルの言葉が嬉しく、キッドは知らず、涙を浮かべる。
「じゃあ、俺は、死のその先へ、連れて行ってやろう。」
「頼もしい言葉じゃねーか。でも、まだ先だ。
お前にとっては、たった60年でも、俺等にとってはそれなりに長いからな。」
ソウルの唇が、キッドの耳朶に触れて、軽く食む。
「お前、もう少し、余韻に浸れよ。」
「何のことだ?」
「きっちりかっちり着込みやがって。また脱がすのめんどくせぇ。」
さっきまで、抱き合った直後のまま寝ていたソウルは、何も身に付けていない。
「せめて、シーツくらい巻いて来い。」
キッドは、頬に触れるソウルに振り返り、その少し乾いた唇に己の唇を重ねた。
熱も水分も分け合う。
「まだ、大丈夫だ。俺は、"ここ"に居る。」
外の桜を見つめながら呟くキッド。
ソウルもそれに倣って、キッドの肩越しに窓の外を見やる。
そして、強く抱きしめることで答えに変えた。
桜は散り際が美しい。
今、キッドの中で桜に例えるならば、今は咲き初めなのか、満開なのか、散り際なのか。
ソウルはふと考え、そしてすぐに考える事をやめた。
どのみち、キッド一人遺していくつもりは無いのだ。
彼が死神だろうが、彼の職務がなんであろうが、知ったことではない。
キッドの永い人生の中で、ソウルだけが彼の特別であれば良く、
また、そうするために、今のソウルは存在している。