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神と神父
「お食事ですよ、キッドさん。」
「……」
「ハンストとは良くないですねぇ。
何事も、食べることが基本です。はい、好き嫌いはダメですよ。」
「…………」
「キッドさんは、好き嫌いが激しいですからねぇ。
なんでもかんでも、左右対称に切る事なんで出来ないんですよー?
はい、目を瞑ってしまえば、形はわかりませんから。
頑張って食べましょうね。」
「………………」
「食べないんですか?仕方ないですねぇ。
あーーーーん、してください。」
ジャスティンの言葉に、勢い良くキッドの足が空を薙ぐ。
食事を載せたトレイを持ったまま、難なく紙一重でかわすジャスティン。
「急に蹴りをくれるとは、危ないじゃないですかー。」
「戯けがっ!!ヘッドフォンをしたまま話をする奴があるかっ!!」
「…あぁ、これは失敬。」
「戯け!!」
キッドの蹴りは、ジャスティンのヘッドホンを引っ掛けて、耳から抜いていた。
ぷらぷらと首からたれるヘッドフォンからは、ドンガンと音楽がこぼれている。
相変らずの爆音に、キッドは溜息を吐く。
「はい、じゃあ"あーん"してください。」
「阿呆かっ!この拘束を解け!一人で食べられる。」
「困った人ですねー。無理に決まってるじゃないですか。」
湯気を立てるカレーライスにスプーンを差して、ジャスティンはキッドの口元に運ぶ。
厭そうに顔を背けるキッド。
「目を閉じていれば、野菜の形は気にならないですよ。
ほら、ちゃんと食べてください。」
「…いらん。」
「相変らず好き嫌いが激しいですね、キッドさんは。」
「そういう問題ではない。」
やれやれ、とジャスティンはトレイを手近なテーブルに置いて、
キッドの鳩尾に一撃入れた。
ねじ込まれる拳に、キッドの息が詰まる。
「…かはっ……」
「わたしだって手荒な事はしたくないんですよ。
でも、ちゃんと食べてもらわないと、わたしが困りますから。」
「ジャスティン…」
腕を拘束されたまま、ジャスティンを睨みつけるキッドに、
ジャスティンは歪んだ笑みを浮かべた。
差し伸ばした指で、キッドの顎を掬い上げ、
唇が触れるほどに顔を近づける。
「そういえば、あなたはわたしを救いたいんだとか?」
「…聞いていたのか…」
ふっと、息を零すジャスティンに、キッドは眉を顰めた。
「キッドさん、わたしは神父なんですよ?神に仕えるのが仕事です。
それが、鬼神だろうが、死神だろうが、変わらないんですよ。」
「なんだと?」
「"神"なら何でも良いんですよ。わたしにとって都合の良い"神"を選んだ結果です。
昔は、死神の方がわたしに都合が良かった。
でもね、今は鬼神の方が、わたしにとって都合が良いんですよ。」
ジャスティンが、鼻先でキッドの鼻先に触れた。
そこで少し止まった後、ほんの数瞬、キッドの唇に己のそれで触れた。
キッドは瞳を瞠る。
「あのね、キッドさん。
あなたは知らないでしょうけど、わたしは随分と前から、
あなたをめちゃくちゃにしたかったんです。
だから、今わたしにとって、神は鬼神の方が都合が良い。
死神に仕えていたら、あなたに手が出せない。」
「…貴様……」
「だからね、放っておいて欲しいんですよ。」
もう一度、キッドの唇に触れ、今度は何か言おうと口を開いたキッドの口内に
すばやく舌を差し入れた。
焦点の合わない黄金は、これでもかというほど見開かれ、
驚きを隠さないでいた。
ジャスティンは、ようやく望みの一部が叶い、満足したように、
キッドの咥内を嘗め尽くす。
呼吸すら飲み込んでしまうような、奪うようなキスに、
キッドだけでなくジャスティンも眩暈を覚えた。
「神が全能だとは、思わないで下さい。
わたしを救えるなどと、思わないで下さい。
わたしを救いたいと思うなら、この身を差し出すことです。
あなたにその覚悟があるわけが無い。
迷惑なんですよ、その考え方。わたしだけを愛することなど、できないくせに。」
酸素を求めて喘ぐキッドを尻目に、ジャスティンは一方的に言い募った。
長時間の拘束に、心身供に限界が近いだろうことは判っていた。
だから、今、この弱っている時を狙って来た。
今ならば、多少はジャスティンの力の方が及ぶかも知れない。
死神であるキッドでも、冷静な判断も下せないだろう。
「いくら神と言えど、おこがましいですよ。キッドさん。」
「…ジャスティン…」
見上げてくる黄金に、ジャスティンはくしゃり、と顔を歪めた。
「…どうすれば、あなたの気も、魂も、挫くことができるんでしょうねぇ。」
ズタボロになって、わたしだけのものになれば良いのに。
ジャスティンの物騒な言葉に、キッドは口を閉ざした。
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