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優越感
聚楽第完成の祝い、とやらで秀吉に挨拶をせねばならず、
つまらない形式ばった席に、政宗は退屈していた。
国を守るため、自国をより豊かにするためとは言え、なんとも無駄な時間だ。
しばし待つように言われた部屋で、政宗はどかり、と胡坐をかいて、
出された茶を啜った。
「…退屈じゃ…」
ぽつり、と呟けば、側近として連れてきていた、片倉小十郎からすかさず窘められる。
分かってはいるのだが、けれど退屈なものは退屈だ。
「…少し、席を外す。」
「政宗様、どちらへ?」
「厠じゃ。」
すくっと立ち上がって、障子を開け、廊下に出る。
何か言いたそうな小十郎を残し、歩を進めた。
きっちりと閉じられた障子が並ぶ廊下を少し歩けば、
ほんの少し、その障子が開かれた部屋があった。
興味本位に通り抜けざま、中を覗くと、文机に向かう石田三成の姿があった。
「…三成…」
どうやら、いつも傍に控えている島左近は、今不在らしい。
丁度退屈していたところだ、暇つぶしには丁度良い、と、
政宗はその隙間に身をすべり込ませた。
「邪魔するぞ、三成。」
「…政宗!」
声を掛け、弾かれたように顔を上げる三成の顔をよくよく見る。
政宗の気配を察知できなかったことに、驚いているようだ。
「熱心に、仕事か?感心じゃな。」
「…お前に言われたくない。邪魔をしないで貰おうか。」
「つれない奴じゃの。」
三成の言葉を無視して、政宗は部屋の奥へと足を踏み入れる。
盛大な溜息を吐き、一瞥をくれると、三成は政宗を無視する事に決めたようだ。
さっさと文机の書簡に視線を戻してしまった。
しかし、それに怯む政宗でもない。
ずかずかと三成の隣に腰を下ろし、手元を覗き込んだ。
「…ふん、検地の仔細か…」
「勝手に覗くな。」
「覗かせておく奴が悪いんじゃろう。見られたくなくば、わしの相手をせぃ。」
「…どこの餓鬼だ、お前は。」
政宗の口車に乗ることもなく、三成はさっさと仕事を進めていく。
三成が忙しいことは、政宗も知っていた。
この祝いの席の前に、少しでも仕事を片付けておきたいだろうことも。
豊臣の天下となってまだ日も浅く、しなければならない事は山積している。
政宗も、天下統一が成され、嬉しくないわけではないが。
末端の民草を無視した、少々強引な事の進め方は、納得が行かない。
ただ、それを今この場で、三成にぶつけるつもりも無いし、
それくらいの分別は政宗もわきまえている。
仕事に集中し始めた三成の顔をじっと見る。
綺麗な容姿だと、素直に思った。
日に透ける、茶色の髪はさらさらとしている。
長めの睫毛に、つんと上がった目尻は、
好色な狸爺どもが下卑た目で見るのも頷ける。
ひとしきり納得すると、政宗は思いついたように袂に腕を入れた。
そういえば、妻である愛姫に、と京の紅を買い求めたことを思い出した。
三成の白皙にも良く似合うのではないか、と、唐突に思ったのだ。
そして、思いついたら実行していた。
紅を右の薬指に取り、書簡に目を通している三成の唇に乗せてみた。
白皙に、紅がすっと引かれる様は、艶やかだ。
「…何をしている…」
「いや、紅をさせば似合うのではないか、と思ったのじゃが…。
なかなかどうして。やはり似合うではないか。」
「政宗…」
はぁ、と再度溜息を吐き、三成は書簡を手放した。
一方の政宗は、悪戯が成功した子供、というよりも、
自らの思い付きが、想像以上に正しかったことに感嘆する。
まじまじと見つめる政宗の肩に手を掛けて、三成はぐっとその体を畳みに押し倒す。
天地が反転し、政宗はその隻眼で三成と、その向こうに見える天井を見上げた。
「まったく。悪戯小僧と変わらぬな、お前は。」
「悪戯小僧とは随分じゃな、三成よ。」
にやり、と上げる口角に、紅をさした唇が重なった。
濡れた音が響く室内に、政宗は瞼を閉じる。
「…もう半刻もせぬうちに、祝宴が始まるというのに、
どうするのだ、この紅。」
「…っ…良いではないか…似合うておる。」
上がる息を整えながら、政宗は三成の白皙を見上げた。
目の前のこの美麗な男は、どんな美姫になびくこともない。
己だけを見ているのだ、という事に優越感を覚える。
三成が仕える主が、女好きの秀吉でよかった。
ほかの大名であったなら、手を付けられてしまっていたかも知れない。
「確かに。良く、似合っているな。」
「?」
三成の言葉の意味が分からず、政宗はにやり、と笑む三成をいぶかしんだ。
白く、長い指が、政宗の唇に這わされた。
「紅が、お前にも移った。」
「…小十郎にどやされる…」
政宗の言葉に、どちらからとも無く笑む。
三成が見ている先も、政宗が見ている先も、同じ。
絡んだ視線の先には互いが映りこんでいた。
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