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求めるもの
「貴方が、その高貴な魂が、わたしは欲しい。」
ノアの貪欲な瞳が、キッドを見つめた。
キッドの黄金の瞳はノアの心も、体も見透かしていた。
「…哀れんで欲しいのか、貴様は。」
何の感情も抱かない瞳でノアを見つめ返す。
拘束されている体に、ノアの指が触れた。
ノアの褐色の指は、頭上に拘束された手首から、シャツの上を撫でて、
襟を肌蹴させ、鎖骨をたどった後、
未だ幼く主張していない喉仏に触れて、上に撫で上げる。
顎から頬へ辿ると、ゆっくりと大きな手で白くふっくらした頬を包み込んだ。
「哀れんでいただけるのですか?」
「………」
今まで尊大だったノアが見せた、悲しそうな顔に、キッドは口を閉ざした。
「…すまん。俺に力があったなら、お前を救ってやれたかもしれん。
お前だけではない。あの、ゴフェル、とかいう奴も、ジャスティンも、な。」
「ギリコは含んでいただけないんですか?」
キッドの言葉に以外だったのか、少し目を瞠って、ノアが付け加えた。
「ああ、そういえばそんな奴もいたか?」
「フフ。几帳面な貴方が忘れるとは、珍しい。」
「貴様の、その表情も珍しいな。」
「何か?」
「なんでもない。」
ノアは気づいていないのだろうか。
今の己の表情に。
キッドはそんなノアを見上げた。
縋るような、悲しさを湛えた瞳には、キッドが映っている。
「死神と、エイボンが遺したものです。
貴方の責任ではありませんよ、キッド。
貴方にそんな表情はさせたくない。もっと怒りや、絶望の表情を見せて欲しい。」
「喧嘩を売っているのか?」
「そう、その調子ですよ、キッド。」
ノアは満足気に微笑んで見せ、キッドの額に自らの額を当てた。
「貴方は、神なのに、今はこんなにも近い。
けれど、魂の距離はほど遠い。どうしたら、この距離が埋められるのでしょう。」
「…残念だが、俺では埋められない。」
「……理解っています……ですが、わたしは貪欲なので。望みは高いのです。」
「ノア…。」
ノアの言葉に、キッドは胸が苦しくなる。
胃がムカムカして吐きそうになる。
尊敬している父が残した物が、いまキッドの目の前にあった。
エイボンと供に残した、世界に危機感を抱かせるプログラム。
ゴフェルが、造られたものであるように、ノアもまた造られたものだ。
平和に慣れれば、人間は人間同士で殺しあう。
それがいけない事だと判っていながら、そこに人間特有の感情、
利害関係や他よりも、より秀でた存在でいようとする心、より優位に立とうとする心が、
殺し合いを生む。
そんな世界を嘆いた、尊敬する父・死神と、魔導師であったエイボンは考え、創造した。
鬼神を復活させるプログラムを。
そのプログラムを内蔵した魔道具を。
魔道具は、何十年も、何百年も、何世紀も眠って、時が来ると目を覚ます。
何度も何度も鬼神を目覚めさせて、世界に恐怖を植えつける。
そして神の保護と加護を求めさせる、キッドにとっては悪夢のような魔道具。
それが、ノア。
魂を持たない作り物は、これで何度目の目覚めになるのだろうか。
ゴフェルが自我を持ったように、ノアも自我を持った。
今までは正確に、植え込まれた行動を実行するだけの道具だったが、
ここで自我に目覚め、初めてプログラムに逆らった。
己の存在を終焉させるために。
「貴方の存在が、わたしを変えた。
貴方の魂の波長が、わたしに語りかけてきたのです。
たとえ貴方が無意識でも、貴方の世界を想う気持ちが、わたしを動かした。
だからきっと、貴方だけがわたしを壊すことができる。」
「それが、貴様の本当の望みか?」
「本当は、貴方の魂が欲しいのですが、それは望みすぎでしょう?」
「…貪欲なのではなかったのか。」
「わたしに自我を与えてくれた貴方から、魂を欲しいなどと…。
わたしが、わたしの手で、わたしの神を奪うなど、あるはずがありません。」
キッドが見たものは、ノアの寂しそうな笑顔。
これがあのノアだろうか。
魂を持たないから、なんだというのだろう。
人間となんら変わらないではないか。
ノアも、ゴフェルも、救ってやりたい。
この悪魔のようなプログラムに左右されている、ジャスティンも、ギリコも。
キッドはそう思うのだ。
父を、尊敬しないではない。
人間は争いをやめない。判っていても繰り返す生き物だ。
だが、やり方を間違えているのではないか。
もっとほかのやり方で、世を、人を変える方法があるのではないか。
「貴方が、とても欲しい。とても大切に思います。
けれどそれと同じだけ、壊したいとも思う。
たぶん、破壊衝動がわたしの存在の根幹だからでしょう。」
「ノア…」
「…あなたを、抱きしめても?」
「好きにするがいい。」
キッドの尊大な言葉に苦笑しつつも、ノアは床に両膝をついて、恭しく頭を垂れた。
無言でその姿を見つめるキッドには、ノアがまるで何かの信奉者のように見えた。
何時だったか、どこかの廃れた教会で見た、壁画と同じ。
己と同じように、縛められた男に、数多の人間が群がっていた。
ある者は救いを求めるように男に手を伸ばし、ある者は祈るように両手組んでいた。
やがてノアは、壁画のように、キッドに手を伸ばす。
そしてその細腰にしがみついた。
それは、"抱きしめる"というよりも"縋る"に近い。
「お前達を救えずに、すまない。」
「良いのです。貴方はわたしに自我を与えてくれた。それだけで…」
十分です。という言葉は、かすかに震え、掠れていた。
ノアに芽生えた"自我"は少なからず世界に変化をもたらす。