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非対称
立ち入りを禁じられた部屋に、俺は身をすべり込ませた。
ノア様が、今しがた出て行った部屋。
死神が、拘束されている部屋。
簡素な部屋には、先ほどまで無かった、ふかふかなベッドが鎮座していた。
その上には、安らかな寝息を立てる、死神。
これだけ殺気を振りまいているにも拘わらず、
気づかずによく平気で寝ていられるな。
…否、眠らされているのか。
長時間の拘束は、体力も魂もすり減らせる。
死神と言えど、それは人間と同じだ。
だから、ノア様は死神に眠りと自由を与える。
死神の魂が擦り切れてしまわないように。大切に、大切にされている。
ノア様の気遣いも、ノア様の愛も知らずに、受け入れようとしない死神。
理解しようともしない死神に、腹が立つ。
否、もっと昏い、粘着質な感情。
「…妬けるなぁ…」
俺が創られた目的は知ってる。
この、どす黒く腹の底に巣食うような感情を持ってはいけないことも。
道具である俺の、自我の目覚めは、ノア様の望むところでない事も知ってる。
けれど止められない。
死神が現れるまでは、俺は代替物として、愛玩物として、
それでもノア様の愛情を受けていたはずなのに。
似せられた、漆黒の髪。
似せられた、偏屈な性格。
瞳だけは、「金色にできなかった」とノア様の呟きを聞いたことがある。
ノア様が愛しているのは、俺じゃない。
この目の前で眠る、死神。
死神ならば誰でもコレクション対象なのか、と言えばそうではないらしい。
デス・シティーでのほほんとしている死神ではなく、
この未成熟な死神が良いらしい。
目の前の死神は、ノア様の『特別』で。
ただのコレクション対象じゃない。
それがさらにムカつく。
俺は、眠る死神に近づき、その漆黒の髪を撫でた。
さらさらと、指の間をこぼれていく、黒い流れ。
この髪を、ノア様も撫でたのだろうか。
愛をささやきながら、あの優しい指で梳いたのだろうか。
白い、ふっくらとした頬を撫でる。
唇を、軽く押す。
少し死神の呼吸が乱れたが、目を覚ますことはない。
死神を拘束する魔道具は、
ほんの少しでも、眠りに落ちれば発動するように仕組まれている。
一度眠ってしまえば、"きっちりかっちり" 8時間経たなければ、目覚めることはない。
死神の性格や生活パターンを知り尽くした、ノア様の本当の愛情。本当の優しさ。
嗚呼、
いやだ
イヤだ
嫌だ
厭だ
ノア様の、死神への愛情を知らなければ。
代替物として、その愛をこの身に受けなければ。
こんな感情は知らなくて済んだのに。
死神に似せられて創られた、偽者の俺。
似ているのに、何故こんなにも違う?
髪、額、眉、鼻、唇。
眠っている死神を、鏡に映すように上から覗き見て、検分する。
死神と道具。
その違いはなんだというのだろう。
拒んでも、愛される死神と。
感情を持つことすら赦されない、俺。
俺はお前で、お前は俺なんだろう?それなのに、なんで。
どうしてノア様はお前を愛する?
お前にあって俺に無いもの、なんて無いはずだ。
だって、俺はノア様に創られたんだから。
「ノア様を満足させられるのは、俺だけなのに…。」
もうすぐ、ノア様がお戻りになる。
それまでにここから立ち去らないと、またお怒りに触れてしまう。
俺は、死神の額にぴたりと額をくっつけた。
「お前は、"対称"が好きなんだろう?
だったら、死神の力で、俺をお前の"対称"にしてくれ。」
―――そうすれば、ノア様に愛されるから。
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