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殿、暴走
(嗚呼…この逸る気持ち、どうすれば良い?
大奥には今政宗殿が居る!早く大奥に行かねば…!!)
通常の三倍以上の速度で政務をこなしていく家光。
頭の中は早く政宗をその腕に抱きたくて、その妄想でいっぱいだ。
前回、下宿を咎められた時、何とか言いくるめて政宗をその腕に抱いた。
当初は肌を赦してくれるはずも無かったが、多少強引に事を進めたら、赦してもらえた。
もしかしたら、『将軍』だから赦しえもらえたのかも知れない。
もしそうなら将軍職も悪くはない。
今は心が伴わなくても、いずれ振り向かせてみせる。
今は"権力"に従っているだけなのも分かっている。
いずれは己の魅力で政宗を手に入れるのだ、と躍起だ。
「さあ!今日の分はもう終わった。これから余は大奥へ渡るぞ!」
高らかに宣言し、家光は勢い良く廊下を歩んでいく。
大奥へ渡ることなど滅多にない。むしろ初めてかも知れない。
春日局が事あるごとに『大奥へおいでくださりませ』と言っていたが、全く興味が無かった。
だが今日は違う。大奥には政宗が居る。
仰々しい参上の儀式も、今は甘んじて受けよう。
「ようお越しくださりました、殿!」
「春日!政宗殿は?!」
「殿。そうお急ぎ召しますな。これから案内いたしますから。」
まるで子供のように、早く早く、とせきたてる家光に、春日は困ったように微笑みながら、
ゆっくりと大奥の中を歩いて行く。
廊下や渡りには、きらびやかな打ち掛けを着た女が指を着いていたが、
家光の眼中には無かった。
やがて、大奥を通り抜け、小さな離れにたどり着く。
「政宗殿はここにいらっしゃるのか!」
「えぇ。殿とわたくし以外の人とは接触しない、という約束ですので。」
「おぉ!なんと健気な…!余以外の人間と接触したくないとは…!!!」
家光は感動で打ち震える。
政宗の凛々しい姿も、はにかむように笑う笑顔も、朱に染まる頬も、感じ入って漏れる甘い吐息も、
気兼ねせず堪能することができる。
もう我慢できぬ、と勢い良く障子戸を開け、中に足を踏み入れた。
「政宗殿!!今日の政務は終わったぞ!さぁ余と一緒に過ごしてくれ!!」
「…殿…」
「政宗殿、余がここに居るときは、そんなよそよそしい呼び方、止めてくれぬか。」
あまりの勢いに、政宗はたじろぐ。
ずんずんと歩みよってきて、強く肩を抱かれる。
打ち掛け姿、という点について、家光はなんとも思っていないようだ。
「政宗殿は本当にお美しい。
凛々しく、勇ましく、けれど肌は滑らかで…戦で負ったというその傷さえ愛おしい。
この想い、どう伝えてよいか、余には分からぬ。」
「ちょ…殿……わか…分かりましたから…落ち着いてくださ……っ」
「政宗殿!"殿"などと他人行儀に呼ぶのはこの愛らしい口か?」
言いながら唇を合わせようとする家光を必死に押し返しながら、
政宗は未だ障子戸に立っている春日に救いを求めた。
「春日殿…っ!!殿が暴走しておる!止めてくれっ」
「殿がこんなに必死になる姿を見るのは、初めてです。この春日、感動しております。」
袖口で涙を拭う春日に、政宗は絶叫した。
「感動するのは後にせぃ!この…っ殿…!放してくだされ」
危うく口汚い言葉を使いそうになり、寸でで止めて、一端息をつく。
「断る。政宗殿が余を名で呼ばぬなら、このままじゃ」
愛おしそうに政宗の頬を撫で、そこで初めて家光は気付いたようだ。
「政宗殿。髷はいかがされた?鬘も被って…。
余は、どんな政宗殿も愛せるが、このお姿はまた…一段とお美しい…。」
「殿、政宗様は、お髭をそらせてくださらないのです。
そぐわないとは思いませぬか?」
「春日!この上髭まで剃れとは、横暴じゃろう!!」
政宗も遂に怒り爆発。目の前に居るのが将軍という事も忘れ、春日に怒鳴る。
けれど春日はどこ吹く風。
「ふむ。確かに。髭はそぐわぬな。」
「殿もそう思われますか。」
「よし、髭禁止。武将は皆髭を剃るよう、触れを出そう。」
「馬鹿殿がっ!そんな触れ、出して誰が従うものかっ!」
春日を怒鳴ったその勢いのまま、政宗は抱きつき擦り寄ってくる家光も叱り飛ばした。
が、家光にも響かない。
「政宗殿…先ほども言ったとおり、余はどんな政宗殿も愛おしい。
きっと髭がなくとも、貴方は美しいだろう。それに、余の事は"殿"でなく、名で呼んで欲しい。」
「馬鹿め!いい加減に…」
「政宗殿。」
頬を撫でていた手が、着物の裾を割り、政宗の足に触れた。
瞬間的に政宗の体が凍りつく。
前回の訪問で嫌と言うほど抱かれた。その時の記憶が蘇る。
「…い…いえみつ…様…」
「余は、幸せ者だ!!」
ぎゅうっと抱きしめ、家光は後ろを振り返った。
「春日、髭の件は明日触れをだす。もう下がってよい。」
「はい。」
「あ…春日…殿…もう少し、そうじゃ、供に食事していかれよ!」
何とか家光との時間を先延ばしにしようと、政宗は春日局を食事に誘う。
が、これが更に家光を煽る原因となった。
「なに、食事だと?すぐに女中に運ばせよう。」
「殿…家光様。お待ちください。食事はこの政宗が用意いたしましたので。」
「政宗殿がっ!!!!」
「えぇ、まあ。」
「余は幸せ者だ!!誰が作ったとも知れぬ、毒見で冷え切った食事でなく、
政宗殿の…愛する者と一緒に、愛する者が作ってくれた食事をとれるとは!
聞いたか春日っ!余は感激している!!」
さらに腕に力が篭り、締め上げられた政宗はもう落ちる寸前であった。
「殿、ようございましたね。それでは、わたくしはお邪魔でしょうから、これにて。」
「ま…かす……が……」
すでに涙目で半死半生の政宗と、幸せ一杯の家光。
その二人を残し、春日局は障子戸を閉め退室してしまった。
殿の暴走はまだまだ続く。
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