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約束
「その子がスピリット君のお嬢さん?」
「そうです死神様!!かわゆいでしょー?!うちのマカちゃん!!!」
「…パパうざぃ。」
抱き上げ、頬擦りしようとするスピリットを、氷の一言で固まらせた。
栗色の髪を左右で結上げた少女は、深い緑色の瞳で目の前に立つ死神を見上げる。
「マカ・アルバーンです。はじめまして死神様。」
白いブラウスに赤いチェックのワンピースがとても良く似合い、
ハキハキ自己紹介するマカは、死神に活発な印象を与えた。
「はじめましてマカちゃん。マカちゃんはいくつになるのかなー?」
「5さいです。」
「元気がよくって物怖じしない、よい子だねぇ~。
うちのキッドにも見習って欲しいものだよ。」
未だ撃沈したままのスピリットを横目に、死神はマカを抱き上げると、
イスに座らせた。
テーブルの上には、子供が好みそうなクッキーが置かれ、
オレンジジュースもスタンバイしている。
「キッド?」
抱き上げられながら、マカは首を傾げた。
「うん。僕の息子なんだけどね。ちょこーっと人見知りするんだよねぇ。
ほらキッドくん、マカちゃんにご挨拶は?」
そこでようやく、マカは死神の後ろに小さな男の子が立っていることに気付いた。
死神の、細くなる足元に必死に隠れ、死神のマントを握り締めてこちらを窺う姿は、
うさぎかリスを思わせた。
「……です・ざ・きっどです。…5さい…です。」
発する声もとても小さい。
消え入りそうな声で、頬を真っ赤に染めながらマカに挨拶をするキッド。
すると、ひょいっと死神に抱き上げられ、マカの向かいのイスに座らされる。
「おやつ食べたら、しばらく二人で遊んでみるかい?」
死神の提案に、マカは元気良く「はい!」と答え、キッドはもじもじと俯いた。
「キッドくんは~?」
「…ぅ…あ……うん…あそぶ…」
マカをチラリと見て、視線が合うと慌てて逸らし、死神を見上げる。
なんとなく煮え切らない答えとキッドの仕草に、
マカは五歳児ながら庇護欲がむくむくと膨れ上がるのを感じた。
否、これが庇護欲だとは、マカ自身にも分かっていなかっただろう。
けれど、『守ってあげたい』『守ってあげねば』という思いはとても強く彼女に根付いた。
「キッドくん!あそぼうよ!!」
「…え?」
おやつを口にしないまま、マカは元気良くイスから飛び降り、キッドの手を取った。
つられてキッドもイスを降りる。
おろおろと死神を見て、マカを見る。
ついさっき、死神におやつを食べてから、と言われたキッドにとって、
おやつを食べる前に遊ぶことが良いことかどうか、判断付けかねている感じだ。
それを察して、死神は優しく告げた。
「いってきなさいキッド。マカちゃんと仲良くね~」
大きな手を振り振り、元気な少女と、引きずられるようにして歩く愛息子を見送った。
「いーつまで凹んでるんだい、スピリットくん?」
「死神様ぁ…うっうっ…だってマカちゃんが…マカちゃんが…」
「君も、大概しょーがないねぇ。武器としては超一流なのに。」
溜息をつき、死神は自分用に入れた緑茶を啜った。
「でも、マカちゃんのおかげで、キッドも少しは人見知りが治りそーねーぇ」
「キッドくんは、ふだん何して遊んでるの?」
「遊び…あんまりしない。友達…いないから…」
マカはキッドと手をつなぎながら、絵に描いたような青空の下、
どんどんと歩いて行く。
別にどこかに行きたいとか、アテがあったわけではないけれど。
この内気なキッドと思い切り遊んでみたかった。
マカの直感だが、きっとキッドとは良い友達になれる気がした。
「鬼ごっこは?影踏みとか。」
「知らない」
ふるふると頭を振ると、さらさらと漆黒の髪が凪いだ。
「じゃあ、鬼ごっこしよう。あのね、鬼と、逃げる人を決めてね…」
マカの説明にキッドは真剣に聞き入る。
そして、マカとキッドは走り出した。
そばに誰も居ない。マカと、キッドの歓声だけが響いた。
こんな時間を、キッドは知らなかった。
いつも誰か大人がそばに居て、会話には事欠かなかったが、
こうして遊んだことは無かった。
死神としての教育を受けて、あらゆる武器の扱いを学ぶ日々には、
キッドには子供らしく遊ぶことも、遊ぶ相手もいなかったのだ。
限られた人の間で、日々決まった生活を送る。
それはとても単調で、楽だけど楽しい訳ではなかったのだ、とキッドはようやく理解した。
初めて出会った、自分と同じ年の少女。
元気で溌剌としていて、笑顔がかわいい。
ひとしきり駆け回り、くたびれたところで、マカもキッドもその場にごろんと横になった。
こうして地面に寝そべることも、キッドには初体験だ。
「ねぇ、キッドくんは死神さまの子供なんでしょ?」
「うん。」
「しょうらいは、やっぱり死神さまになるの?」
「たぶん。」
青い空…とは言っても本物かどうかは分からない。
ペイントされたようにも見えるからだ。
その、空とも天井とも言えるものを見上げながら、マカが告げた。
「アタシね、将来、ママみたいなすごい鎌職人になりたいの。」
「マカは、職人になりたいの…?」
「うん。ママよりすごい職人になる。そしたら…」
いったん言葉を区切って、マカは空からキッドへと視線を向けた。
そして、伸ばされたキッドの指に自分の指を絡めた。
まだ子供のマカには、手を繋ぐ、という気持ちしかない。
「アタシ、キッド君のために、すごい武器を作るよ。」
「おれのために?」
「うん!だってキッド君は将来死神さまになるんだから。
死神さまには武器が必要でしょ?」
「…うん…」
「だから、約束するね。いつか、あたしがキッド君の武器を作るって。」
繋いだ手を、小指に変えて、マカはにっこり微笑む。
この小指の意味が分からずに、キッドは不思議そうに見つめた。
「約束するときは、こうやって小指を繋いで、呪文をとなえるんだよ。」
「呪文…」
「そ。ゆびきりげーんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます!ゆびきった!!」
手を上下に振られたかと思いきや、
突然ぱっと放されて、キッドは何がなにやら理解できないでいた。
「これで、約束おしまい!もしアタシがキッドくんに武器をつくれなかったら、
針を千本飲むから。」
「…っ!!!なんて怖ろしい罰なんだ!!」
あまりの衝撃に、キッドは寝転んでいた体を思い切り起こした。
「あはは。だいじょうぶ!あたしはぜったい、キッド君の武器を作ってみせるから。
だから、キッド君もすごい死神様になってね!」
「すごい死神…うん。頑張る。」
互いににこっと笑いあって、それから立ち上がる。
この部屋では時間の経過は良く分からないが、遠くから、二人を呼ぶスピリットと死神の声がする。
きっと捜しているのだろう。
二人は来たときと同じように、手を繋いで、声のするほうへ歩き始めた。
成長するにつれ、お互いに記憶は薄れてしまったけれど。
マカは"死神様の武器を作る"事に心血を注ぎ、キッドもまた、"父・死神を超える神"を目指していた。
キッドの目指し方が、若干神経質に成ってしまったのは、
"ゆびきり"の罰の厳しさゆえだとか、そうでないとか。
今はもう、覚えてはいない、けれど確かな約束を、二人は守ろうとしている。
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