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告白
「まさか、こんな事になるなんて、な。」
真っ白の教会。
ゴシック建築の最高峰と呼ばれるその教会の祭壇に置かれた、純白の棺。
血のように赤い薔薇が敷き詰められたその中に、埋もれるようにして横たわるのは、
その昔"後光"を表すために描かれたという天使の輪を頭上に三つ、戴く少年。
「キッド…」
名を呼べば、ゆっくりと瞼を開いてくれそうな、そんな気さえするほど、
まるで眠っているだけのよう。
けれど鼓動は既に止まり、呼吸もない。
異質な棺に横たわるキッドは、まるで美術品のように美しく、当然のように動かない。
もう、けぶる睫毛が揺れることも、閉じられた瞼の下、琥珀の瞳を見ることもできないのだ。
体温を感じられそうな頬に触れ、だが指先に伝わるその冷たさに、
ソウルは胃からせり上がる何かを必死に耐えた。
キッドを喪った辛さ、悲しみ、守れなかった悔しさ。
様々な感情が入り乱れて、涙を流すことすらできない。
キッドが死んだなど、考えたくない、考えられない。
飽和状態のまま、ソウルはもう何時間もその場に居た。
変わったことと言えば、日の射す角度と教会内の明るさくらいか。
棺の側、石段に座り、棺にもたれて飽くことなくキッドの顔を見つめる。
ヒヤリとした石の冷たさが伝わって、体が痺れているような気もしないでもない。
だが、そんな事は気にならなかった。
「…なぁ…まだ、信じられねぇよ。普通、俺等より先に死ぬか?」
死神だろ?と続け、笑おうとしたが、失敗した。
笑えるはずなど無かった。
以前、"補習"という課外授業でシュタイン博士にブラック☆スターを殺されたと思った時、
ここまでの感情を抱いただろうか。
あの時は、ただ"怒り"を感じただけだった。仲間を殺された。助けることが出来なかった。
シュタイン博士に対する怒りと、自らの力不足に対する怒り。
今はどうだろうか。ソウルにあるのは"虚無"だった。
怒りも悲しみも含めた、感情のすべて、失くしてしまったかのよう。
「なんか…もうどうして良いんだかわかんなくてよ…」
頬に触れ、指先で顔の輪郭をなぞる。
伝わる冷たさなど知らぬ振りをして。
「お前がもう居ないって、実感がわかない。実は、目を覚ましたりするんじゃねぇの?」
本当は、もう二度と、砂漠の朝日のような瞳を見ることなど叶わないと分かっているのに。
神の力のせいか、死神が何か術でも施したのか。
すでにキッドが息を引き取ってから一週間経過しても、
その体は腐敗を始める事なく、そのままだ。
だから期待してしまう。彼が再び目覚めることを。
「なぁ、起きてくれよキッド。俺、お前がいねぇと調子が狂う。」
ソウルの呼びかけに答える者は居ない。
いつもならテンションの上がるゴシック建築も、今はただ、全てがキッドの棺に見える。
白い教会。白い棺。
深紅の薔薇。
横たわるのは、黒く歳若い、死神。
「お前が居ないと…ダメなんだよ、俺は。」
ソウルの呟きは静寂に飲まれていく。
そこで、ようやくこみ上げる。
現実を、突きつけられる。
もうこの世にキッドはいない。
神経質で、完璧主義者で、極度の左右対称愛好家で、
けれど自らの信念を曲げずに貫いた、気高い魂。
「……っ……」
ソウルは息を殺して涙を零した。
一粒、落ちると後はとめどなく溢れ出す。
「…っ…俺………お前が、好きだ。」
口元を押さえ嗚咽する。
くぐもったその音さえ、今この場には大きく響く。
もう片方の手で、自らを抱くように、横隔膜の痙攣を抑えるように腹を押さえ、
ソウルは続けた。
「なぁ……っ……起きてくれよ、キッド……っ…俺、お前が好きなんだ。」
体を折り曲げ、ソウルは遂に声に出して泣き出してしまった。
表面張力を超えたコップの水のように、感情がとめどなく溢れ出す。
「こんな……お前が居なくなってから気付くなんて……
俺…ちゃんとお前に、真正面向いて言いたい。だから……っ」
だから、頼むから。
誰でも良い。キッドを、生き返らせてくれ―――。
青く高く、澄み切った空に、荘厳な鐘の音が一つ響く。
それは、死神を送るための葬列の音色。
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