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煙草(兼政)
部屋の小窓から外を眺め、政宗はそっと息を吐いた。
いくら長雨の季節とは言え、こうも毎日雨が降ると、気も滅入る。
幸いな事に今日の雨は先日までの激しい降りではなく、
しとしとと音もさせず、霧のように舞う霧雨、というところだろうか。
湿気を帯びた空気が、小窓から入り込んでくるが、気にせず、政宗は手じかに置いた、
煙草皿を引き寄せる。
いつぞや、三成から煙草の飲み方を教わってから、朝・昼・晩と一日に3回、
煙草を吸うようになった。
道具も自分好みのものを揃えた。
もちろん、煙管もだ。
が、なんとなく今日は三成から渡された煙管で堪能したい気分だった。
この長雨、城中に篭り執務を行う時間が多くなったせいか、
人恋しいのかも知れない。
口うるさい家臣も、今は農作物などの根腐りがないよう、領内の様子を見に行っている。
普段ちょろちょろと政宗の回りをついて回る孫市も、今日は不在だ。
と、なれば、息抜き位は良いだろう、と政宗は煙管に葉を詰めた。
三成から渡された煙管は、見事な龍の彫刻がされた一点物だろう。
政宗自身も気に入っているものの一つだ。
火をおこし、葉に当てて軽く息を吸い込む。
煙草特有の苦味が流れ込み、鼻へ抜けていく。
ふっと息を吐けば、薄紫の煙が流れる。
暫く、煙の行方を追っていると、良く知る気配が室外に感じられた。
せっかくの息抜きの時間。邪魔されたくは無い。
だが、外は雨。政宗は数瞬迷った後、煙管を銜えたままその場を立ち、反対側の障子戸をあけた。
「風邪を引かれてはかなわん。入れ。」
「…山犬は気配を察するのが上手いな。」
「わざわざ雨の中、喧嘩を吹っかけに来た、と言うのであれば、
生憎わしはそんな気分ではない。帰れ。」
そういうと、すっと部屋の中へ姿を消す政宗に、兼続は苦笑しながら続いた。
甲高い音を立てて、政宗が煙管から灰を落とす。
その姿は長年の愛煙家のように様になっているが、
どうも年若い彼に、『煙管』のイメージはつきがたい。
室内に足を踏み入れた兼続は少しだけ顔を顰める。
「…吸い過ぎではないのか?」
「一日に三度。決めておるのじゃ。それに、煙草は薬であるとも言うではないか。」
煙草の道具を片し始める政宗に、少しだけ兼続は不機嫌な顔をする。
「三成に、教えてもらったそうだな。」
無言の政宗を気にせず、兼続は続けた。
「煙草は好きか?」
「…別に。好きでも嫌いでもない。」
「恋しいのか?」
三成が、と続ける兼続の言葉に、政宗はほんの少しだけ、笑って答えた。
「恋しいわけではない。わしを誰だと思おておる。」
不敵に笑う政宗に、兼続はふいに近づき、そして顎を捉えた。
「それは本心か、強がりか、どっちだ?」
可笑しそうに問う兼続に、政宗はその視線を逸らしはしたが、
あえて兼続の手を振り払うことはしなかった。
こんな雨の日は、自棄にもなるのだろうか。
頭の片隅でそんな事を考えながら、政宗は逸らした視線の先、
降り続く雨を見つめた。
「…恋しいならば、わたしがいつでも代役を務めよう。」
言って、兼続はそのまま政宗の唇を塞ぐ。
政宗も敢えて抵抗はしなかった。
こうして擦り寄ってくる人間は五万といる。
いちいち拒絶するのも、否定するのも、今は全てが面倒だった。
「…三成でなければ嫌だと拒むものだとばかり思っていたが。少々味気ない。」
「ふん。わしに、貴様を喜ばせる趣味はない。」
十分に口を吸われた後、兼続の言葉に興味なさ気に政宗は返した。
けれど、さらに兼続は口角を上げて笑った。
「味気ないだけで、私はちっとも嫌ではない。
大人しくしているならば、それはそれで、都合が良いからな。」
「…愛だ義だと理想を貫かすお前が、随分と堕ちた台詞を吐く。」
「何事も相手次第だ。素直でない山犬には、丁度良いだろう。」
抵抗の無い政宗の首筋に唇を落としながら、兼続は続けた。
降りしきる雨の中、煙草の香りが残る室内。
隔てられたようなその空間に、政宗はただ身を任せるだけだった。
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