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絶対的信頼ト擬似愛情
大奥に閉じ込められて、どれほど時が経っただろうか。
いくら文を出したとは言え家のものは心配していないだろうか。
最近政宗の胸中を占める心配事はそんなものばかりだ。
髭は剃られてしまったが、代わりに鬘はなんとか免れた。
女物…と断言したくはないが、着物もそれなりに華美でなく、
男性でも着られるものが与えられるようになった。
その点において心配事が減ったといえばそう言えるかも知れないが。
夜な夜な、大奥を突っ切り離れにやってくる家光には頭痛を覚える。
ただ同衾するだけの日もあるが、抱かれる日もある。
最近は圧倒的に後者の方が多いせいで若干の寝不足気味であることも、
悩みと言えば悩みかも知れない。
大奥では人に会うこともない(むしろ誰にも会いたくない)ので、
政宗は周囲を気にせず午睡をする事もできたから、体的な負担は昼のうちに回復されるのだが。
「じゃが…こんなことで徳川は大丈夫なのか…?」
未だ、子を成そうとしない家光を咎める春日の気も、ほんの少し、分かる気がする。
もし我が子が男狂いだと知れれば、政宗とて咎めたくなる。
だが相手は家光。
如何せん他家の事。その上徳川が崩れるというのであれば、政宗にとって好機な訳で。
天下を狙ってきた身としては、特に家光に進言するつもりはないのだ。
けれど。
「…殿……っ家光殿は、お食事を召し上がっていらっしゃらないのですか?」
「そうだが…何か問題でも?」
政宗と向かい、美味そうに箸を運ぶ家光に疑問を投げれば、
以前『名前を呼べ』と叱責されて以来、名前を呼ばねば恨めしそうな目を向けてくる家光に怯む。
「問題と言うわけではござりませぬが。毒見も介さず、お食事をされて良いのですか?」
「何故だ?」
「何故と申されましても…」
不思議そうに返す家光に、政宗の方が戸惑ってしてしまう。
平定して間もない世だ。まだ徳川とて磐石ではない。
特に今はまだ、家光の弟との派閥争いもあったはず。
疑いもせず出された料理を口にするのは、些か無用心ではないかと、政宗は思うのだが。
「政宗殿が手ずから作ってくださったもの、他の誰にも食べさせたくはない。」
「家光殿、そういう問題ではありませぬ。万が一という事もお考えに入れられよ。」
少々きつく咎めてしまうのは、あまりにも無用心だから、と政宗は胸中理由付ける。
「政宗殿が毒を盛るわけはない。あなたはそのような手は使わぬ。
それに、政宗殿に盛られた毒で死ぬならば、余は本望。」
強い双眸で見つめられ、政宗は息を呑んだ。
天下の将軍が口にして良い言葉ではない。
それに、己に対し、一体どのような経緯があってこのような絶対的信頼を持っているのか、
政宗は不思議に思う。
「家光殿…」
「余は、何度も申しておる。政宗殿が好きだ。抱くのも戯れではない。
好いた人間に殺される、これほど幸せな事はあるまい?」
苦く名を呼べば、甘ったるい言葉が返ってくる。
その感覚が妙にくすぐったい。
「年寄りをからかうものでは…」
「からかってなどいない。もうこの話は止めじゃ。どうせ、政宗殿は真剣に取り合ってくれぬ。」
茄子の煮浸しを口に運ぶ家光の顔は、次の瞬間には幸せそうに綻ぶ。
「政宗殿には分からぬだろうか。
一番好いている人が、自分のために腕を振るってくれる。
それを、毎日一緒に食べられることがどれほど幸せか。」
供に一夜を過ごせば、翌日も政務が捗る。
そう続ける家光に、政宗は赤面し、閉口した。
家光は、政宗に、親のような愛情を求めているものだと思っていた。
政宗も、家光を見れば、今は遠く離れている我が子を思ってしまう。
家光のこの愛情は、そのせいだ、と。
憎むどころか、拒絶もできず、我が子のように歳の離れた家光に肌を赦してしまうのは、
政宗もまた、親が子に注ぐ愛情だと勘違いしてしまっているのだ。
きっと。
そう理由付け、政宗はもそもそと食事を再開する。
目の前には美味そうに膳を平らげていく家光。
自身に向けられる絶対的信頼と、愛情。
「絆されてしまいそうじゃ…」
小さく呟いた言葉は、家光には聞こえなかったようだった。
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