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楽園という名の檻
”監視"されている、ということを知っているはずだ。
小さい頃は良く脱走を図ったし、魔力の基礎も学ぼうとしなかった。
ただ言葉のみで「最強だ」「一番の魔力だ」と言うだけで、
己の存在理由に、真正面から向き合おうとしなかった子供。
別にそれでも良かった。
それならそれで、何も知らないまま、この楽園のような監獄で、
一生を過ごしていけば良いのだ。
戯れに遊んでやるし、静かにして釣りの邪魔をしないなら、
もう少しくらい甘やかしても良い。
そう、思っていたのに。
「そんな訳でぇ、今度、ノラちゃんを人間界に修行にやろうと思うの♪」
だって、それがケルベロスの試練じゃない?
と軽く告げるのは、魔界の王、魔王・サタンだ。
半封身状態で、豊かなバストラインを惜しげもなく晒している。
ローブを纏い、今が会議中であるにも関わらず、爪の手入れに余念がない。
見知った将軍・副将軍の意見が飛び交う中、
水軍将リヴァンは面倒くさそうに欠伸をひとつ零した。
(面倒くせぇ…)
ケルベロスが特殊で、畏怖の対象になっていることくらいは知っている。
けれど、本人に何も知らせずただ、人間界に送るだけでは、
後々五月蝿いだろう。
その上、ただ人間界に行くだけじゃない。
人間に使役される魔物としていくのだ。今までそれなりに下肢付かれて、
甘やかされてきたノラを突然そんな環境に追いやったところで上手く行くのかどうか。
「いっそ、ずーっとあそこに閉じ込めちまえばいいんじゃねぇんですか?」
扇子で欠伸を隠しながら告げるリヴァンに、魔王は魅力的な笑みを向けてきた。
「心配なのは分かるわよ、アタシも同じ気持ちだもの♪
悪い虫が付きやしないか、三食ちゃんと好き嫌いせずにバランスよく食べるか、
魔力のお勉強してくれるか、心配後とは尽きないわっ!(特に一番目ね)
でも、ノラちゃんにはコレが必要な事だと思っているわ。」
何故か薔薇を背負いながら、魔王・サタンは芝居掛かりながら告げた。
「…面倒くせぇ…」
呟いた言葉に返事は無かったが、魔王はすべて見透かしている、とばかりに
リヴァンに提案した。
「そんなに心配ならぁ、リヴァンちゃんがノラちゃんのお目付け役として、
こっそりみていてあげてくれる??
特殊階級エリアでサボっていたのを、人間界に代えるだけだもの。同じでしょ?」
厭味もこめたような魔王の言葉に、リヴァンは詰まる。
たしかに、仕事をサボるという瞑目で、よく特殊階級エリアに出入りしては、
ノラにちょっかいをかけていたことは認める。
リヴァンを見るなり、キャンキャン吼えていた子供は、
何を言ってもリヴァンが帰る気が無いのだ、と気付くと、そばにある気の根元ので昼寝を始めたのだ。
敵意・悪意といったものには敏感で、絶対に近寄ろうとはしないが、
今のところ、リヴァンはそういった対象として認識されていないようだ。
それでもやっぱり最初に吼えるのは五月蝿いので、
最近では子供の好みそうな菓子を携えて、ノラに渡してから釣りを始める。
ただ好きな釣りをして、好きな子のそばに居られることが、
魔王軍に居るリヴァンの唯一の楽しみであったのに。
人間界に行けば、それすらも奪われてしまうのだ。
…この、魔王の提案を断れば。
「…嫌ですよ、面倒くさい。そんなのバリク辺りにやらせときゃいいじゃないですか。」
「へぇ…?良いの?バリクちゃんにはノラちゃん観察日記を書かせちゃうわよ?」
思い切り火の粉をかぶったバリクは、「えっ?!」と魔王と上司であるリヴァンを交互に見やる。
常に仕事をしないで溜め込むリヴァンだ。
ここで、ノラの偵察に人間界に行ってもらっては困るのだが、
かといって、ノラの観察記録をつける仕事が回ってくるのもゴメンだ。
バリクは内心冷や汗を垂らしながら、次の言葉を待った。
場合によっては、いつも懐に忍ばせている『退職願』の出番だ。
「…チッ…面倒くせぇ…俺は俺で好きにします。」
「あら、そ?じゃあ子の件はリヴァンちゃんに任せるわよ?」
ちゃんと週1回は報告してよね、という魔王の言葉で、
会議は終了した。
バリクにとって、良い結果だったか悪い結果だったかは分からない。
後日―――
『暑さのせいか、ノラ様の体調・元気その他諸々、通常の半分程度しかない。
しかたないから俺の水属性魔力で周囲の気温を少し低くしたら、いたく喜ばれた。
いつもは邪険にされるのに、ノラ様の方から俺にくっついてきた。
面倒くせぇけど、夏はノラ様が積極的に懐いてくれるから、
それはそれで良いかもしれない。ずっと夏にしようかな。』
マオウ便で届いたリヴァンからの報告書に目を通していた魔王の青筋が浮かんだ事は、
言うまでもない。
かくて、結局はバリクが上司を迎えに行くことになった。
が、味を占めたリヴァンが度々人間界へバカンスへ行くことになったのは、
想像に難くない。
あの"楽園"は一人の少年のためのもの。
"庇護"という名目の下、少年を監視するだけの箱庭。
もうその"箱庭"に、主が戻ることはないだろう。
"箱庭"の主は、人間界という新しい世界で、新しいものを次々と手に入れ、成長しているのだから。
だから、あの"楽園"は要らない。
「俺の"楽園"はアンタのそば、だ。」
リヴァンは呟いて、今日もノラのストリームの流れを掴みながら、
水面に針を垂らした。
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