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誓
"死が二人を別つまで"と、よく人間は誓うけれど。
もしもその"死"が訪れず、別たれることが無い場合は、
一体何に誓えばいいのかなぁ?
「そこをどきなさい、キッド君。」
死神は、いつもよりも静かな声で目の前に立つキッドに語りかけた。
静かな声が、逆に恐ろしさを増した。
二人を包む空気は決して穏やかとは言えず、凍り付いている。
唇を噛み、キッドは死神を見つめたまま、首をゆるく横に振った。
「…キッド君。いい加減、聞き分けてくれない?」
困った、と溜息をついて、死神は鏡の前に立つわが子を見つめた。
鏡が無ければ、ここから出ることは出来無い。
この空間から出るための唯一の脱出口であるのに、その目の前にはキッドが立ちふさがっている。
「父上、何故だい?どうして…」
「だってさー。もう気に入らないんだもん。」
「だから、何が気に入らないの…」
興味がなさそうに答える死神に、キッドの言葉も尻すぼみになる。
死神がこういった態度を取るときは、かなり本気で危険だ。
幼い頃、キッドは死神の教育の一環として、小さな文鳥を育てていた。
とても、可愛がった。
何せ父が与えてくれた最初のプレゼントだ。
"教育"とは言っても、とても嬉しかったことを覚えている。
キッドが寄れば綺麗な声でさえずり、羽根を広げてぱたぱたと嬉しそうに籠の中を飛んだ。
大切に大切に育てた文鳥。
けれど、ある日父に無残にも魂を抜かれてしまった。
幼いながらにショックで、震える声で、何故、と父である死神に問うたのを覚えている。
興味なさ気に、死神から返って来た答えは至ってシンプルで、
けれどとても恐ろしいものだった。
『だって、このコが居るとキッド君は私と一緒に居てくれないでしょ。
もともと魂を抜く勉強のために飼った鳥だもん。
いつ処分したって良いじゃない?』
あの遠く、幼い日のイメージが今、キッドの中にフラッシュバックしていた。
この次に、父がなんと言うのか、恐ろしくて聞くことができない。
けれど、聞かねばならなかった。そこには、ほんの些細な望みも入っていたのだが。
「だって、キッド君は随分と外の世界が好きになってしまったみたいだし。
仲間や友達もどんどん増えて、それと反比例して私と一緒の時間は減ってしまった。
それじゃあ困るんだよね。」
「…困るって…父上…」
子供の駄々を聞いているような感覚を覚えながら、
キッドは目の前の父を見つめる。
普段は仮面をしているが、素の表情を知っているだけに、仮面がある事によって
逆に不気味さを増していた。
「そこをどいてよ、キッド君。
外の人間を全員殺せば、キッド君はずっと私と一緒に居てくれるでしょ?」
「…勝手に命を狩って良い訳ない!
父上だって理解っているはずだ!!何故、そんな…」
「そんな?とても大切な事だよ、キッド。
私は、これ以上の愛の証明の仕方を知らない。君をみんなに取られてしまうのは嫌だ。」
「証明など要らない!父上の愛情は理解しているつもりだ。」
「うん。"つもり"であって、本当に解かろうとはしていないよね、キッドは。」
「父上…!」
死神は、ふらりとキッドの側に寄り添う。
濡れ羽色の髪を一房取り、そのまま口付ける。
「君は知らないだろうけど、君が生まれ落ちたのと同時に、
わたしと君以外の生命は死する運命なんだよ。」
「それは…どういう意味…」
「わたしが、君を愛したから。誰にもあげない。わたしだけのキッドだ。」
キッドは愕然とする。
目の前の父がここまで自分に執着しているとは。
「愛の証明…?そんなもの要らない!
人間を殺す?それは間違っている!父上の考え方はおかしい!!」
「キッド、君が今選べる道は3つ。
その場をどいて、すべての人間が殺されるのを見ているか
この空間に私とふたり、ずっと一緒にいるか
私を殺して、この空間の外にでるか
さぁ、どれを選ぶ?」
この上も無く残酷な選択。
ふわりとキッドの身を包み込む死神の腕はとても温かいのに、
なぜ言葉はこんなにも冷たく、鋭利でキッドをずたずたと斬り刻んでゆくのか。
「…父上…」
「さあ、キッド選んで。
わたしは、君が選択した答えを尊重するよ。」
選択など、とんでもない話だ。
キッドに残された道は一つしかない。
「…じゃあ、選ぶよ父上。
人間を殺させることなんか出来ない。父上を殺すことも出来ない。」
「キッド君。」
僅かに上擦った死神の声。
予想していたこととは言え、最後には二人でいることを選んでくれた息子に、
嬉しさが隠し切れないのだろう。
けれど、その気持ちも一瞬後には消し去られてしまう。
「でも、もう、父上を俺に縛り付けておくことも出来ない。」
「…キッド?」
「だから、俺は俺を殺す。」
自らの腕を、胸につきたてる。
酷い眩暈に襲われながら、キッドは意識を保っていられるギリギリで、
自らの魂を抜く。
「莫迦な事を!!!
そんな無駄な事はやめなさい、キッド。」
半分以上抜き出していた魂を、死神は強引に押し戻した。
キッドの腕を払いのけ、魂を体<器>に納める。
「キッド、もうこれ以上私の機嫌を損ねないでちょーだい。
君は絶対に殺さない。誰にも殺させないし、私が死なせない。絶対に。」
遠のく意識の中で、キッドは死神の、怒っているような不安を募らせたような
なんともいえない表情を見た。
"死"が訪れない場合の愛の誓いは、
死神の圧倒的な独占欲と、キッドの自虐的犠牲精神の上に成り立つ。
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